アングル:米で「医療保険への不満」噴出、大手CEO射殺受け
Stephanie Kelly Julie Steenhuysen [ニューヨーク 9日 ロイター] - 米ワシントン州に住むジェン・ワトソンさん(41)はてんかんや線維筋痛症など複数の慢性疾患を抱え、何年も前から医師と相談しながら適切な薬物治療を探してきた。医師はワトソンさんの神経痛を和らげる医薬品をいくつか見つけてくれたが、低所得層向けの公的医療保険「メディケイド」に基づき医療保険大手ユナイテッドヘルスケアが提示したプランでそれら医薬品の保険適用を断られ、痛みが原因で職探しもままならないという。 「症状がうまく管理されていないため15分以上は耐えられず、あっという間に激痛が走る。それもあって職探しに苦労している」 ユナイテッドヘルスケアのブライアン・トンプソン最高経営責任者(CEO)がニューヨーク市マンハッタンで射殺された先週の事件をきっかけに、医療を受けられない、もしくは医療費が高くて払えない米国民の間で怒りが噴出している。CEOを射殺したと疑われる男は9日に拘束された。 ニューヨーク市警察幹部はこの男について「米ビジネス界に対して何らかの恨みを持っているようだ」と述べた。 射殺事件は医療保険に対する不満の根深さを改めて示すことになった。 最近のデータでは、医療保険請求を却下されたり、保険料や医療費の支払いが増加したり、保険が適用されないために想定外のコストに直面する可能性がますます高まっていることが分かる。病院や保険会社の統合もコスト増大の一因だ。 ユナイテッドヘルス・グループ傘下のユナイテッドヘルスケアは米医療保険最大手で、シグナとCVSヘルスがそれに続く。 メリーマウント・マンハッタン大学のコミュニケーション学部教授、ターニア・オクスマン氏は「とてもショッキングな事件だった。だが多くの人々が大きな関心を寄せていた問題について、不満を爆発させるきっかけにもなった」と語る。 米国民の医療費支払いは世界一多額で、政府のデータによると過去5年間でますます増えている。 ユナイテッドヘルスケアの株価は過去5年間で約2倍になったが、射殺事件のあった先週は10%余り下落した。 医療保険の業界団体AHIPはロイターへの電子メールで、医療保険とその提供者、医薬品メーカーは、可能な限り医療を受けやすくする義務を負っているとの認識を示した。 医療保険会社は往診や入院、高額な医薬品の料金を、交渉により引き下げていると主張している。大半の保険プランは雇用主の企業もしくは政府系機関がスポンサーとなり、保険料を一部負担して保険適用範囲について意見を出している。 ユナイテッドヘルスの株式2.6%を保有する投資会社バール・アンド・ゲイナーのケビン・ゲイド最高執行責任者(COO)は、非効率な米医療制度において、医療保険会社は全ての患者に必要な医療を提供する上で重要な役割を果たしていると語った。 しかし慈善団体「ペイシェント・アドボケート・ファウンデーション」によると、状況はますます悪化している。広報のケイトリン・ドノバン氏は、2018年には保険金の請求1件当たりの処理に担当者が行う電話もしくは電子メールの回数は平均16回だったが、今では27回になったと説明。「米国の医療保険業界は複雑化し、交渉したり訴えたりするのがすんなり行かなくなっている」と語った。 <保険請求を拒否> 2010年に成立した医療保険制度改革法(通称オバマケア)は、保険適用される人々や内容について新たな基準を設けた。しかしコストが高まるにつれ、保険会社は事前承認プロセス、つまり支払いに応じる前に請求内容を精査する仕組みを復活させつつある。 KFFが高齢者向けの公的医療保険「メディケア」に基づく民間保険プランを調査したところ、事前承認プロセスの採用回数は2019年の3700万回から22年には4600万回に増えていた。CVSはこれら請求の13%、ユナイテッドヘルスケアは8.7%を拒否していた。 拒否されて抗議した患者は約10%にとどまり、その3分の1は失敗に終わったという。 米医療協会が2023年に実施した調査では、医師の94%は事前承認プロセスによって医療処置が遅れたと答え、78%は患者が治療を諦めるケースもあるとした。4分の1近くの医師は、この結果患者が深刻な状況に至ったとし、95%は医師が消耗する率が高まったと答えている。 信用会社エクスペリアンが2024年に実施した調査によると、保険金請求の拒否件数も22年から24年にかけて31%増えている。 保険金請求を拒まれた人々にとって、保険会社独自の手続き以外、法的な救済手段は乏しい。連邦法は雇用主が提供する医療保険プランの適用拒否による損害補償金を制限しているため、保険会社相手の訴訟について乗り気になってくれる法律事務所もほとんどいない、と保険金請求を拒否された人たちの代理人を務める弁護士のサラ・ハビバ・マーク氏は明かした。 ネブラスカ州オマハに住む博士課程大学院生のレイチェル・ベンゾニさんは「最近定期的な治療に1000ドル近く支払った。ユナイテッドヘルスケアが保険金請求を全く認めなかったからだ」と語り、彼らはこの治療はカバーされないという以外に拒否の理由を何も示さなかった、と納得いかない様子だった。