『負けヒロインが多すぎる!』がトップを席巻! 『このライトノベルがすごい!2025』を読み解く
その年のライトノベルをランキングで紹介する『このライトノベルがすごい!2025』(宝島社)が11月26日に刊行。栄えある文庫部門1位に、雨森たきび『負けヒロインが多すぎる!』(ガガガ文庫)のシリーズが初めて輝いた。男性キャラクター部門では主人公の温水和彦が1位となり、イラストレーター部門でもむぎみるが1位と3冠を獲得しながら、女性キャラクター部門だけは八奈見杏菜花が2位と、タイトル通りの"負けヒロイン"ぶりを見せた。単行本・ノベルズ部門は甘岸久弥『魔導具師ダリヤはうつむかない~今日から自由な職人ライフ~』(MFブックス)がこちらも初の1位を獲得した。 すさまじい上昇ぶりだ。刊行が始まった年の『このライトノベルがすごい!2022』で文庫部門18位に入った『負けヒロインが多すぎる!』だったが、翌年の『このライトノベルがすごい!2023』では文庫部門で46位まで順位を下げ、昨年の『このライトノベルがすごい!2024』でも35位と、なかなか上位に食い込めなかった。それが一気のトップ獲得。何が起こったのか? 原動力はやはり、7月から放送のTVアニメが大好評だったことだろう。愛知県豊橋市にある高校を舞台に、男子生徒の温水和彦が幼馴染みとの恋愛を成就できない“負けヒロイン”たちと出会い、交流を持つようになるコミカルなストーリーの中、キャラクターが豊かな表情を見せ、実在の豊橋市を思わせる舞台のリアルさとも相まって、作品世界への興味を一気に高めた。 このアニメを見て、元からの原作の面白さに改めて気付いた人が大量発生し、文庫本が店頭から消え、電子書籍も前の月の25倍という売上を記録する大爆発が起こった。結果、『このライトノベルがすごい!2025』での初の1位獲得。掲載されている作者の雨森たきびへのインタビューでも、TVアニメ化が多くの人を作品に触れさせるきっかけになったことを話し、スタッフへの感謝を述べている。 TVアニメを観た人は、第1話から登場するヒロインの1人、八奈見杏菜が喫茶店でどうやら恋人ができたらしい幼馴染みの男子を説得するように送り出した後、ひとり残って幼馴染みの男子が飲みかけていたアイスコーヒーのストローをくわえ、そこを温水に見られて思いきり吹き出すシーンの面白さに、つられて吹き出したことだろう。 以後も“負けヒロイン”でありながら活発に振る舞い、同時にいろいろなものを食べまくるアグレッシブなキャラクターとして強烈な印象を残した八奈見だけに、女性キャラクター部門でも1位になって当然と思われた。そこに立ちふさがったのが、佐伯さん『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』(GA文庫)のヒロイン、椎名真昼だ。 『このライトノベルがすごい!2020』で8位初登場し、『このライトノベルがすごい!2021』で2位に上がった真昼は、翌年に1位となって以後は連続して1位に君臨し続ける。その可憐さに、八奈見の大食いぶりでは太刀打ちできなかったといったところだ。3位はこちらもTVアニメが好評だった『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』(角川スニーカー文庫)のヒロイン、アリサ・ミハイロヴナ・九条が入った。 『ロシデレ』からは主人公の久世政近が男性部門の2位となり、『お隣の天使様』の藤宮周が男性部門3位で、『負けヒロイン』の温水はその上を行った格好。見てくれも普通でカッコ良さも平均といった感じの温水がどうして1位になれたのか? 想像するなら、政近や周がアーリャや真昼他がヒロインと1対1の関係だったのに対し、温水は八奈見のほかに焼塩檸檬や小鞠知花といった癖の強い“負けヒロイン”たちとも向き合い、立ち直らせる活躍を見せたところあるからかもしれない。ただひとり、報われていないことへの同情票も含めて。 『このライトノベルがすごい!2025』では、文庫部門で2位に駄犬『誰が勇者を殺したか』(角川スニーカー文庫)が入ったのも注目点だ。魔王を討伐に行ったパーティーが戻ってくると、なぜか勇者だけがいなかった。メンバーは途中で死んだと報告したが、その理由や状況については謎のまま。しばらく経って調査しようという動きが出て、メンバーたちの証言を聞いていく中で、勇者の驚くべき秘密が浮かび上がってくる。意外な展開があり、登場するキャラクターたちに魅力もあってと、読み応えも十分なところが評価されたと言えそうだ。 文庫部門の3位は『ロシデレ』で、4位が新作の逢縁奇演『こちら、終末停滞委員会。』(電撃文庫)、5位が『お隣の天使様』と、常連組に新作が混じるランキングとなった。単行本・ノベルズ部門は、2位が十夜『転生した大聖女は、聖女であることをひた隠す』(アース・スターノベル)、3位も十夜『悪役令嬢は溺愛ルートに入りました!?』(SQEXノベルス)と、女性の読者が好みそうな内容の作品が上位に並んだ。 文庫のライトノベルがどちらかといえば男性読者向けのレーベルが対象で、『負けヒロインが多すぎる!』と同様にTVアニメ化でシリーズ累計900万部という数字に達した顎木あくみ『わたしの幸せな結婚』(富士見L文庫)が入って来ないこともあり、文庫と単行本・ノベルズのランキングの見え方が違ったものになっているようだ。 『このライトノベルがすごい!』は、一般のファンによるWEB投票と、ライトノベルをふだんから良く読む協力者による投票を合計してランキングを出している。WEB投票だけではベストセラーのランキングと似通ってくるため、これから伸びてきそうな新作や注目して欲しい佳作にスポットを当てる意味で、協力者票を重くしている。 『誰が勇者を殺したか』はこの協力者ポイントで1位となり、9位だったWEBポイントとの合算で2位にランクアップした。文庫部門6位の犬村小六『白き帝国』(ガガガ文庫)も、WEBポイントでは30位までに入っていなかったが、協力者ポイントで3位となり合算で6位に食い込んだ。 逆に『負けヒロイン』は、協力者ポイントで28位までに入っていなかったが、WEBポイントが圧倒的で1位を確保。『ロシデレ』『お隣の天使様』は協力者ポイントがいずれも0ポイントだったが、やはりファンの支持で3位と5位を確保した。殿堂入りをしてランキングから除外されている作品を除き、今読まれているライトノベルという意味では、『ロシデレ』『お隣の天使様』にくわえ、WEBポイントで4位の『魔導具師ダリヤはうつむかない』や5位の三河ごーすと『義妹生活』(MF文庫J)あたりが該当すると言えそうだ。
タニグチリウイチ