無学なのか曲解か、ドイツ医療を賛美する政府の誤りと「本当に学ぶべきこと」
政府の議論に欠落している歴史的視点
かくの如く、ドイツをモデルとする財務省の言い分は破綻している。実は、このような主張は財務省に限った話ではない。 厚労省もドイツが大好きだ。2015年度には「諸外国の医師配置等に関する研究」という厚労科研(代表:小林廉毅東大教授)が始まり、武田裕子順天堂大学教授が「ドイツの医師配置等に関する研究」を分担した。 このような議論に欠落しているのは、歴史的視点だ。他国の医療制度を参照するなら、その国の歴史や文化的背景を考慮しなければならない。ドイツも例外ではない。 ドイツで、組織的な医学教育が始まったのは、1388年のハイデルベルク大学とされている。同大学は教皇ウルバヌス6世の指示により、プファルツ選帝侯ルプレヒト1世によって設立された。他の欧州の名門大学と同じく神学校、医学校、法学校から始まっている。 ちなみに、この時期に高等教育が発展したのは、欧州に限った話ではない。1549年に来日したフランシスコ・ザビエルは、日本には10余りの大学やアカデミーがあり、「日本国中最も大にして最も有名な大学」として足利学校を紹介した。足利学校は、儒学や兵学などの他に医学を教えている。 足利学校の起源については諸説あるが、その発展には、領主上杉氏や仏教勢力が貢献した。このあたりの状況は、ハイデルベルク大学と酷似する。残念なのは、足利学校に限らず、高野山や比叡山などの中世の日本の「大学」の多くが江戸時代の宗教統制によって没落したことだ。 話をドイツに戻そう。ドイツでは、ハイデルベルク大学などの卒業生に医師免許が与えられた。『米国医師会誌(JAMA)』の1935年3月30日号に掲載された「医師免許の歴史」という論文には、「医師免許は、特定の機関での訓練を終えたことを証明するものである。このようなしきたりは中世に始まった」という主旨の記載がある。医学教育が、大学と密接に関連するのは、中世以来の歴史的経緯があるからだ。 医師免許をとっても医師は一人前ではない。卒後教育も重要だ。大学を卒業した医師は、先輩医師の下で「徒弟制」の訓練を受けた。このような医師の集まりが、医師会の雛形となった。 注目すべきは、大学や医師会の在り方が、近代国民国家が誕生する前に確立していたことだ。中世以降、大学や医師会は、世俗および宗教権力との軋轢を経験し、学問の自治や、医師としての職業規範を確立していった。明治維新で欧米の大学をモデルに官立の東京大学を設立し、その卒業生が主導する形で、医師を育成していった日本とは対照的だ。 このような歴史は、現在にも影響している。日本では、中央政府が医療を統制する。財務省や厚労省が医師の偏在を問題視し、様々な規制を設けるが、ドイツで医師の開業を許可するのは、地域の医師会だ。日本では、ドイツの医療統制の短所として、「様々な規制のため、自分が希望する地域で必ずしも開業できない」ことが挙げられるが、これは必ずしも正しくない。そもそも日本こそ、医師の開業にあたっては、過当競争を避けたいという地域医師会のエゴが反映されることも珍しくないからだ。 ドイツでは、医療は基本的に医師の自律に委ねられている。政府が医師数から診療報酬、初期研修まで決める日本とは全く違う。 では、どのようにして医師のエゴを抑止しているのか。医師の職業規範であるヒポクラテスの誓いは言うまでもないが、ドイツ固有のものとして、私は二つの歴史的イベントに注目している。 一つは、プロイセン王国、ドイツ帝国時代の栄光だ。プロイセン王国は、普墺戦争、普仏戦争などで勝利し、1871年にドイツ諸邦を統一した(ドイツ帝国)。ビスマルク宰相が力をいれたのが、社会保障政策だ。彼らがつくった老齢年金、障害保険、医療保険、失業保険の雛形が世界に拡散する。ドイツの医師たちは、自国が近代福祉国家の発展に大きな貢献を果たしたことを知っている。 もう一つはナチスの戦争犯罪だ。ニュルンベルク裁判では、人体実験などに関わった医師ら23人が起訴(うち医師は20名)され、16人が有罪となり、7人が処刑されている。1947年、ドイツ医師会は戦争犯罪に関わった医師への問責を決議し、その後も繰り返し、反省や犠牲者への追悼を表明している。現代にいたるまで、この問題は繰り返し主要医学誌でも取り上げられており、ドイツ人医師が忘れることはない。必然的に醸成される贖罪意識が、その行動に自己規律をもたらしているのではなかろうか。 第二次世界大戦後、米国を中心とした戦勝国が主導する形で、西ドイツは連邦制度の枠組が強化された。バイエルン州ミュンヘンの地域政党だったナチスの暴走を許したワイマール共和国への反省があるのだろう。こうやって、地域をベースにしながら、中央政府が全体的な方針について方向性を示す現在のドイツ医療が確立した。 近代以前の歴史をもたず、旧内務省衛生局、社会局の流れを汲む厚労省が、全国一律に統制する我が国の医療制度は、ドイツとは全く違う。政府は、どのような思いで、財政審でドイツ医療を賛美してきたのだろうか。歴史的経緯を知らなければ余りにも無学だし、知っていながら曲解したのなら悪質だ。医療制度の議論には歴史観が必要だ。
上昌広