オオイチモンジを見るなら7月の北海道がおすすめ!
虫屋の素人と玄人
小さい川に架けられた橋の脇に立っている人がいた。 長い物干竿ほどの網をもって長靴という、正装をした若い男だった。 私は挨拶しようと助手席のガラスを下ろすと、彼は咎められた者のように小走りに近づいてきた。いったいに我々は、林道でふいに声を掛けられると、よからぬことを言われることがあるのだ。悪いことをしていなくても、心のどこかで人に見咎められやしないかと警戒心をもっている。 「採れましたか?」 「いやあ、見えるんですけど、なかなか下りてこないですね」 男は緊張を解いて答えた。 最初の「採れますか?」という私の問いは、当然ながらオオイチモンジのことだ。それに対する彼の返答がよくわからない。 それからふた言三言交わして、漸く意味がわかった。 それはオオイチモンジでも、メスの採集を目指している人なのだ。 私は初心者で、偶然が重なってこの玄人好みの林道に紛れ込んでいるだけであって、彼がなぜオスではなく、メスを狙っているのか、このときにはわからなかった。 私が「あっちのほうにいっぱいいますよ」と親切心から言うと、早くもこちらの素人度があらわになると同時に、先ほどまでの恐縮していた態度が少し改まった。 タバコに火をつけてから、いろいろとオオイチモンジの習性を教えてくれ、果ては林道をやるときは長靴がいかに素晴らしいかを、素人相手に教えてくれるのだ。 虫屋の先輩たちは、オオイチモンジはメスのほうが一層美しいとされている。オオイチモンジの名前の由来は、翅の表側に流れるような白い線にあるだが、メスのそれは、オスよりも太くしっかりとしていて、全体の模様を引き締めている。大きさもメスのほうが大きい。 オスは林道に下りてきて、水を飲んだり、獣糞にたかったりするが、メスはそれをしない。男が長い物干竿を持っているのは、高い樹冠を飛ぶメスを採るためだったのだ。 別の場所で、やはりメスを狙っているという年配の人がいた。その人は匂いを出す特別なペーストを樹に塗り、メスが下りてくるのを待っていた。 羽化したばかりのスレていないメスは標本にして、スレているものは、生かして持って帰り、交配させるのだそうだ。 私と話している間も、その人の目はずっと宙を泳ぎ、メスの姿を探している。 回転寿司を前に会話をしているようなあんばいだ。 そして話の途中で「来た」と網を持ち直す。 その網の直径は1メートルはあろうかというもの。匂いのついた樹に抜き足差し足で近づき、下りてきたメスに、えいっと網をかぶせた。 しかし、網の大きさがアダとなって、メスは苦もなく幹と網の間から抜けていってしまった。 ばつが悪そうなおじさんと私は、挨拶して別れた。