今年も「M-1グランプリ」の季節がやってきた! 2023年の決勝進出9組を総ざらい!【前編】カベポスター・くらげ・さや香・真空ジェシカ
M-1準決勝を会場で見届けた編集者・ライターの斎藤岬が、2023年の決勝進出9組をわかりやすく解説する。その前編。 【写真つきの記事を読む】9組のコンビの詳細をチェック!
どれだけ巨大コンテンツになろうが『M-1グランプリ』は変化を止めない──今年ほどそう思わされた年はないかもしれない。 敗者復活戦は従来の視聴者投票をやめ、会場観客投票と芸人審査員による審査に刷新。会場も屋外から屋内へと変更された。そして、例年ならば敗者復活戦放送終了から決勝の放送開始まで1時間程度の猶予があったところを、今年は7時間ぶっ通しでの生放送が予定されている。 審査員に関しても、5年間務めた立川志らくが勇退し、代わって当代一の上方女流漫才師である海原ともこが就任する。昨年から山田邦子も続投しており、女性審査員が複数名になるのは『M-1』史上初の出来事だ。さらにいえば、予選の審査員の顔ぶれにも大きな変化があった。長年この役目を担ってきた放送作家の倉本美津留、前田政二、長谷川朝二が離れたことはお笑いファンの間で話題になっていた。 今年の『M-1』は準決勝進出者が昨年の27組から31組へと5組増え、戦いはより白熱。決勝進出者記者会見のMCを担当したマヂカルラブリーは「誰がいくかなって予想しつつ観てたんですけど、いろんな人がウケてたから結構外れてた」「どこがいくかわからない状態ではあった」(2023年12月7日放送 ニッポン放送『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0』より)と唸っていた。 そんな厳しい戦いを制した9組は、うち4組が複数回目の決勝、そして初決勝進出となる5組は敗者復活戦出場経験があるコンビとなった。この数年は準決勝敗退を経験しないまま決勝初進出を果たすファイナリストが一定数いたことと比べると、これは今年の特徴のひとつといえるだろう。完全な新顔だらけというわけではなく、いわば一度は“顔見世”が済んでいる状態だ。高い期待をそれぞれに背負っての戦いになることが予想される。 『M-1』の大会概要には毎年必ず「審査基準:とにかくおもしろい漫才」という一行がある。一方で、今年のポスターのボディコピーは「いつからだろう。ただ面白いだけでは勝てなくなった」と書かれている。その意味するところとして「面白いの先にある、生き様すら感じる圧倒的な漫才。(中略)そんな爆発の瞬間をM-1グランプリは待っている」と続く。 この文章が載っているのは「『M-1』もうざい!『アナザーストーリー』もうざい!」と叫んで大爆笑を起こした昨年の王者ウエストランドの写真の上だ。「泣きながらお母さんに電話するな!」と『M-1』が演出するドラマを皮肉った者が優勝し、「生き様の漫才」と讃えられる──すべてを貪欲に飲み込み、変化と拡大を繰り返す『M-1』の舞台で、今年のファイナリストたちはどんな漫才を見せるのだろうか。 と、ここまで書いてきたこれらすべてが「皆目見当違い」かもしれないが、この年末の風物詩にあれこれ言うのは年に一度の楽しみとして許されたい。以下、この記事では前後編に分けて、ファイナリスト9組を紹介する(五十音順)。12月24日(日)18時30分(敗者復活戦は15時~)、数時間早いクリスマスプレゼントとして栄冠を手にするのはどのコンビか──。 ■カベポスター 永見大吾/浜田順平 所属:吉本興業(大阪) 結成:2014年 2年連続2度めの決勝進出。昨年は、得意とする大喜利力を活かした掛け合いにハートフルな展開も盛り込んだ「大声大会」のネタで、不利とされがちなトップバッター史上2位となる得点を記録した。ただし、審査員の山田邦子が同年の最低点となる84点をつけ、大会後も物議を醸すことになる。 以前から関西ではその実力は折り紙つきで、今年はさらなる飛躍の年となった。大阪吉本の若手芸人にとってひとつのメルクマールであるなんばグランド花月での単独ライブを初めて開催し、『せやねん!』(MBS)や『おはよう朝日です』(ABCテレビ)といった人気情報番組にレギュラー出演。笑福亭鶴瓶や明石家さんまも現役でパーソナリティを務める大阪の伝統あるラジオ番組『MBSヤングタウン』(MBSラジオ)でレギュラー枠を獲得、さらに永見は『探偵!ナイトスクープ』(ABCテレビ)の新探偵に抜擢されるなど、人気と知名度がようやく追いついてきた。 その中にあって、自分たちのラジオやバラエティ出演時、さらには先日の決勝進出者記者会見に至るまで、ことあるごとに「山田邦子の84点」の件をこすり続けた1年でもあった。今年は高得点を奪取してトラウマを払拭してほしい。 ■くらげ 杉昇/渡辺翔太 所属:吉本興業(東京) 結成:2018年 率直に言って、今年のファイナリストの中で最も知名度が低いのは彼らだろう。同時に、9組の中でおそらく唯一アルバイト生活を送っているコンビでもある。オズワルドや空気階段、コットンと同期の東京NSC17期生で、2019年には敗者復活戦に出場。杉の恋愛相談に対し、丸刈りでアロハシャツの渡辺が「わかんねぇけど」と言いながらも女性の心理を的確に理解した答えを返す漫才で注目される。翌年はネタ番組に多少呼ばれるものの、そのまま浮上する機会とはならなかった。同期たちが賞レースから駆け上がっていくのを横目に、ヨシモト∞ドームや吉本の劇場以外のフリーライブ(参加費を払って出演するライブ)などに出続けてコツコツとネタを磨いてきた。 先輩であり、渡辺の同居人でもある“M-1に取り憑かれた男”ゆにばーす川瀬名人は、準決勝直前、ファイナリスト予想としてくらげを「(私情抜きにして)当確」としていた(2023年12月14日配信 YouTube「鬼越トマホーク喧嘩チャンネル」より)。「わかんねぇけど」のように、朴訥とした見た目から繰り出される練り上げられたシステム漫才が武器。漫才コントを得意とするコンビが多い今大会で台風の目になる可能性は高い。 ■さや香 新山/石井 所属:吉本興業(大阪) 結成:2014年 真空ジェシカと並んで最多タイとなる3度めの決勝出場。昨年のファーストラウンドでは「免許返納」をテーマに、これぞ大阪の正統派しゃべくりと思わせる圧巻の漫才でミルクボーイに次ぐ大会史上2位の得点を獲得した。その勢いのまま優勝をかっさらうかと思いきや、ファーストラウンド3位だったウエストランドにまくられて準優勝に終わる。なお、決勝直後の生配信ではMCの千鳥・ノブから「(優勝は)正直さや香やろなと思った」と言葉をかけられ、それに井口がかみつく一幕も。 初決勝だった2017年は石井がツッコミ、新山がボケだったが、そこからなかなか勝ち上がれない時期を経て、2021年の予選の最中にボケとツッコミを入れ替えることを決断。昨年の『アナザーストーリー』では、この変更をめぐってコンビで言い争うピリついた場面が映っていた。結果としてこの年は3年ぶりとなる準決勝進出を果たし、翌年にあれほど見事な漫才を披露するに至った。 入れ替えを決めた理由として「石井の腹立つところをそのまま言わせて、そのまま俺が腹立とうっていうのがスタート」と新山が説明していたが(2022年12月26日放送 ABCテレビ『M-1グランプリ2022 アナザーストーリー』より)、コンビ仲が良いのが当たり前になったこの時代に不仲を公言しているだけあって、その言い合いに体重が乗っているところも爆発力の所以だろう。追われる立場めいた空気の中、雪辱を果たせるか。 ■真空ジェシカ ガク/川北茂澄 所属:人力舎 結成:2012年 3年連続3度めのファイナリストだが、決勝進出者記者会見では川北が“昔のゆってぃの電子マスク”をつけて登場し、何一つ真面目なことを言わずに過去2回と同様に場を荒らしていた。今や彼らに憧れていることが見て取れる漫才をする若手がいたり、「真空ジェシカがいるから」という理由で人力舎に入ってくる後輩が現れたりと、着実にフォロワーが増えつつある。 一方で、川北がコンビ結成時に「僕より痩せているヤツがよかった」(日経BP社『日経エンタテインメント! 』2022年7月号)という理由で声をかけたガクがこの数年で体重を増やし、川北は川北で髪が薄くなってきたのを気にしてAGA治療に通い出すという変化も。医者からは「最初1回ハゲて、そこから生える」と言われたそうで、「今年の『M-1グランプリ』はとてもハゲている状態になるかもしれない」「ちょいハゲとちょいデブで、ちょいスベりして終わる『M-1グランプリ』に」(Podcast『真空ジェシカのラジオ父ちゃん』#123より)と危惧していたが、むろんそんなことは関係なくここまで到達した。 昨年は漫才の中に登場した「六法全書の同人誌」がバズを生んだが、今年もどんな意表を突くワードが飛び出すか、あるいは川北の毛根は間に合うのか、楽しみは尽きない。 【後編へつづく】 文・斎藤 岬、編集・横山芙美(GQ)