【タイ】社員らの安全、強化が課題に 契約企業の輸送車両の質は盲点
タイでは今月はじめ、首都バンコク北郊パトゥムタニ県でスクールバスが炎上し、児童や教員23人が死亡した。中国広東省深センでは9月に日本人の男児が刺殺されたこともあり、一連の事件は企業にとって、社員だけでなく家族の安全確保の重要性を改めて突きつけた。外国に拠点を置く企業は、社員と家族の安全に関わるリスクをどう予測し、事前の対策を立てていくべきか。事件や事故に巻き込まれた際の対応についても専門家に聞いた。 タイの現地報道によると、パトゥムタニ県で今月1日に炎上したスクールバスは、走行中にタイヤが破裂し壁に衝突。バスの非常口が開かなかったことで教員と児童の脱出が遅れ、多数の死者を出す事態となった。また、5日にはバンコクでタクシーが炎上し、運転手が重傷を負った事故も発生している。工場の従業員を送迎するバスや社用車、スクールバスは、企業や団体が自前で車両を管理・運営するよりも、外部の企業に委託している場合が多いと考えられる。タイで起きた一連の事故は、契約企業が提供する車両や機材の安全性をどう確保するかという問題を、改めて意識させるものとなった。 タイ国東京海上火災保険の城野崇氏(シニアリスクコンサルタント)は、「特にアジアでは、法令や地元当局のガイダンスに従っているだけでは安全を担保できない」とし、「『法令で求められていないから対策しない』のではなく、会社として・個人として自己防衛の心構えが必要になる」と話す。その意味で、「契約車両の安全性は、外国に拠点を置く企業が、頭を悩ませているポイント」だ。 ■日本のルールで確認する手法も 日本であれば、事業者による安全管理の取り組みの目安となる「セーフティーバス」の認定制度などがある。タイでは、2023年から段階的にバスやトラック事業者に安全管理体制の導入や運輸安全管理者の設置の義務づけが進められており、今回の事故を受けてバスの安全管理の規制が強化される可能性は高い。ただ、同氏によるとタイでの取り組みについては、「安全管理の実効性は不透明」なのが実情という。企業としては、車両の運用を委託している業者に対して、どのような項目の点検を実施しているか、点検の頻度なども含めて記録を確認することは可能だ。その際、「日本のルールを援用して取り組みの中身を確認し、具体的な内容を推奨するケースもある」という。 輸送車両の安全管理・運営について、企業が確認すべき点は多岐にわたる。城野氏は(1)「車両」、(2)「運転士」、(3)「事故発生・法令順守の状況」、(4)「安全目標の設定・監督指導」、(5)「緊急時の対応計画・訓練」、(6)「事故・ヒヤリハット(事故未遂)の分析・活用」、(7)「経営層によるコミット」などをポイントに挙げる。車両であれば、ブレーキペダルやタイヤの空気圧、エンジンのファンベルト、シートベルトなどの状態、運転士であれば健康や疲労に加え、アルコールや薬物の状況を把握することも重要になる。 ■標的になるのを避ける対策を スクールバスは子どもを乗せていることに加え、外見が目立つこと、走行ルートと時間が一定であることで、犯罪者の標的になりやすい。城野氏は、「スクールバスが標的にされた犯罪は、日本を含めて各国で事例がある」と話す。米国ではスクールバスの運転士に対して襲撃やハイジャック、危険物などに関するトレーニングを受けさせるなど、安全対策が講じられているが、タイで同様の取り組みが普及しているかは不明だ。ただ、日本人学校のスクールバスは児童・生徒の入れ替わりがあるため、ルートは頻繁に変更されている。反対に、事業所の送迎バスではルート変更は一般的とはいえない。 城野氏は犯罪対策について、「他の人に比べて『標的にしやすい』と思われないよう、常に一段高い安全対策を講じることが重要」と説明。個人についても「駐在員や日本人と分かるような形で目立たない」、「行動を第三者に把握されない」、「想定されやすい行動をとらない」といった原則をもとに行動すべきで、「常に犯罪者が自分を狙っている」と想定することが大事だ。 ■全社員の安全に責任 ここ数年、アジア各国では日本人の車両襲撃や刺殺が起きていることに加え、一部の国では当局による拘束も発生している。中東情勢が悪化し続けている状況にあって、今後は反イスラエルデモも過熱する可能性が高い。「各国の日系企業にとっては、改めて駐在員や帯同家族の安全管理に対する意識が高まっている」(城野氏)。タイでも洪水が起きたケースなどを想定し、安否確認を迅速に実行できるか、医療や退避の手配が実施できるかといった点について、確認しておくことは重要だ。城野氏は「日本の本社主導で危機管理体制について整備する場合、日本人社員やその家族だけを対象にしているケースがあるが、現地法人としては国籍を問わず社員全員の安全を確保する必要がある」とし、内容が現地の実情に即したものであるか検証することも推奨している。