小さな本屋さんから広がる豊かな世界。そして世代を超えゆるやかに結ばれる人々(レビュー)
『橙書店にて』の著者田尻久子さんは熊本の小さな書店兼喫茶店の店主だ。本を売るだけでなく、朗読やライブ、アートや洋服の展示がされることもあり、文芸誌「アルテリ」も発行していて、小さな場所からは想像できない豊かな世界が広がっていく。 いろんな人がやって来る。田尻さん自身が何かを企画するのではなく、風が吹き込むみたいに、いろんな企画が持ち込まれるのだ。 書店には谷川俊太郎や村上春樹といった著名人もやって来る。彼らの話も興味深いが、店に来るふつうのお客さんとの出会いややりとりが面白い。本を便利に買えるだけではない、町に書店があることの大切さが身に沁みてわかる。 渡辺京二さんへの追悼文や、『橙書店にて』韓国語版を手がけた編集者とのやりとりが、文庫化にあたって増補されている。
『橙書店にて』を読むと須賀敦子『コルシア書店の仲間たち』(文春文庫)を連想する。『橙書店にて』の中に、本の編集者が「『コルシア書店の仲間たち』みたいな本つくりたいなあ」と言う場面があるので当然のことなのだが。 「仲間たち」には書店で働く人だけでなく、客やパトロンも含まれている。イタリアの「コルシア書店」ほど意識的・政治的ではなくても、「橙書店」に集まる人たちは、世代を超えてゆるやかな共同体として結ばれている。 人に本をすすめるのは難しい。書評を書いていると、面白い本を教えてと言われることがあるが、人それぞれ好みも読書量も違うし、簡単に答えられない。
花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出文庫)は、その難行に書店員が挑んだ記録である。 サイトを介した出会いは、30分1本勝負の武者修行の場と化す。相手に質問をぶつけ、自分についても語り、これまでの蓄積をもとに「あなたにぴったりな1冊」を選び出す過程が面白い。ちょっとヤバい感じの人にも、真剣に選んでいるのがさすがである。 [レビュアー]佐久間文子(文芸ジャーナリスト) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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