三谷幸喜の『スオミ』での“挑戦”は議論を呼ぶ結果に 『鎌倉殿』で得た“現代性”の試行錯誤
『スオミの話をしよう』と『コンフィデンスマンJP』は似て非なるもの?
一方、夫が変わるたびに性格が変わるスオミの姿は、古沢良太脚本の連続ドラマ『コンフィデンスマンJP』(フジテレビ系)で同じ長澤まさみが演じたダー子の姿を連想させる。 2018年に放送された本作は、信用詐欺師(コンフィデンスマン)のダー子が、信用詐欺を仕掛けるために、さまざまな女性を演じるドラマ。『スオミ』も、長澤がさまざまな女性を演じるため、彼女の正体はダー子なんじゃないかと途中まで疑っていた。 スオミもダー子も、相手にとって都合のいい理想的な女性を演じる女優的存在だが、三谷は映画『ザ・マジックアワー』を筆頭に、何かの役割を演じている偽者(俳優)が、演じ続けることで本物を凌駕する存在になるという物語を多く手がけている。『スオミ』はその構造を逆側から描いた作品で、その意味でとても自己言及的な作品である。 一方、古沢もまた「虚構(嘘)の力で現実を変える物語」を得意としている。だが、長澤まさみに同じような役を演じさせた『コンフィデンスマンJP』と『スオミ』を見比べると、共通点よりも違いの方がよくわかる。 古沢も三谷も作り物めいた人工的な物語を得意としている。古沢の書く物語は設定やキャラクターが劇中で二転三転し、最終的に何が本当で何が嘘だかわからない状態に陥っていく。その変幻自在な物語は、SNS上で真意のわからない情報が飛び交い、何が本当で何が嘘かわからなくなった現代社会の写し絵で、常に何かを演じているダー子はその象徴だと言える。その意味で古沢は、物語を常に疑っており、信じていないからこそ前提がぶっ壊れる自由奔放な物語を紡ぐことができる。 逆に三谷は、予定調和を大事にしており、虚構の世界を生きるよすがとしている。 三谷の映画を観て誰もが思い出すのが、古き良きアメリカを描いたハリウッド映画の世界だ。『スオミ』では詩人の豪邸のビジュアルや、ゆったりとした物語のテンポにそれは表れているが、現代的なテーマを扱っている本作がクラシカルに映るのは、古き良きアメリカへの郷愁に作品が引っ張られてしまったからだろう。その郷愁は現代性を描く際には足枷となり、当初は現代的に思えたスオミと5人の男の関係も、昔のハリウッド映画のような甘い結末に着地してしまった。 元々、三谷映画は流行や現代性には背を向けて、昔の映画のスタイルを再現することによって普遍性を獲得してきた。そう考えると『スオミ』の古さもいつも通りとも言えるのだが、『鎌倉殿の13人』で獲得した現代性を自身の映画に取り込もうとした試行錯誤の痕跡が見えることは明らかで、これまでとは違う新しいことに挑戦した意欲作だったことは間違いないだろう。その試みはうまく行ったとは言えないが、その挑戦する姿勢については応援したい。次回作が何年後になるかわからないが、現代性と普遍性を両立した古くて新しいコメディ映画を三谷が撮ることを期待している。
成馬零一