“きょうだい児”として我慢を重ねてきた長女の「涙のひと言」に頭を殴られたような衝撃を受けた母が取った行動とは?
話題のNHKドラマ「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」。同名の原作エッセイ集の著者・岸田奈美さんには、4歳下で知的障害を伴うダウン症の弟・良太さんがいる。障害がある兄弟姉妹を持つ、いわゆる「きょうだい児」だった。 【写真を見る】“きょうだい児”の長女と4歳下で知的障害のある長男
後に奈美さんたちの父親である夫の浩二さんを39歳で亡くし、自身も心臓手術の後遺症で車椅子生活となった母・ひろ実さんの著書『人生、山あり谷あり家族あり』から、奈美さん、良太さん姉弟の子育て中のエピソードを紹介。
愛する娘に「奈美ちゃんはいなくてもいいんでしょ!」と言わせてしまったショック
「姉弟、仲がいいですね」 最近、よく言われるようになりました。奈美が良太のことを投稿サイトのnoteに書くようになってからです。 障害のあるきょうだいを持つ人は我慢してきたことが多くて、障害のあるきょうだいのことを嫌いになったり、仲が悪くなってしまう人も多いのに、どうしてですか? と聞かれる機会も増えてきました。 確かに奈美と良太は仲がいい。でもそれがそこまで特別なことだとは言われるまで思っていませんでした。なぜ2人の仲がいいのか、改めてこの機会にその理由について考えてみることにしました。
奈美が幼稚園生の頃、とてもショックな出来事がありました。 良太を抱っこして、奈美の手を引き一緒にお買い物に行く途中。奈美はつまずいて転び、大泣きをしてしまいました。私は当時、ダウン症で知的障害があり、多動傾向のあった息子の子育てに精一杯で正直、全く余裕がありませんでした。じっとしていない息子を抱きかかえながら娘を抱き上げることはできず、思わず口から出た言葉が、 「早く立ちなさい!」 そう言われた奈美は、さらに大泣き。泣きっ面にハチとは、きっとこういう状態のことを言うのだろう。そして奈美は私にこう言いました。 「ママは奈美ちゃんのことが嫌いでしょ。好きなのは良太だけでしょ。奈美ちゃんはいなくてもいいんでしょ!」 私は自分の耳を疑いました。 奈美ちゃんが嫌い? いなくてもいい? こんなに大好きなのに……なぜ? 私の頭の中は真っ白になっていました。どうしてそんなふうに思うのか、私には全く想像がつかなかったからです。 動揺しながらも必死で冷静を装いつつ、奈美に聞いてみると、全く予想もしない答えが返ってきました。 「だって、ママは良太が転んだら大丈夫? ってやさしく言うけど、奈美ちゃんが転んだら、早く立ちなさいって怒って言うでしょ」 頭を岩石で殴られたくらいの衝撃でした。 2人のことを同じだけ大好きなのに。 奈美のことが嫌いだなんて思うはずもないのに。 私は無意識に、障害があって成長も遅く、手のかかる良太にばかり目を向けていたのです。余裕のなかった私は、お姉ちゃんの奈美にはしっかりしてほしい、その思いが強かったのでしょう。でも、それは私の都合のいい押し付けで、娘はただただずっと寂しい思いをしていたんだ。 知らず知らずのうちに、聞き分けのいい奈美に安心しきっていて、そんな思いをしているなんて全く気づいていなかったのです。そう気づいた私は申し訳なくて悲しくて。母親失格だと本当に落ち込みました。 「ごめんね。ママは奈美ちゃんのことが大好きなんだけど、良太を守れる強い子になってほしかっただけなの。悲しかったよね。ごめんね」 どれだけ寂しい思いをさせてきたんだろう。どれだけ我慢をさせてきたんだろう。 今でも、あの時の奈美の気持ちを思うと、自分のことが本当に情けなく、悲しい気持ちで涙が出そうになります。 それから、私は決めました。あなたのことが大好きだという思いを、奈美にわかるように伝えようと。絶対にちゃんと感じてもらえるように、かなりのオーバーリアクションで表現しようと思いました。 たどり着いたのは3つのこと。 毎日、褒めること。 毎日、大好きだよと伝えること。 毎日、ギュッと抱きしめること。 要するに、気づいてもらえないなら、気づくように態度で示そう作戦。 とはいえ、今までそんなふうにやったことがないので、いきなりやろうとしても照れくさくてなかなかできませんでした。頭ではわかっていても素直に行動できない。大人とは厄介なものだなとその時思いました。 そこで私が見出したのは、女優になるという作戦です。 アイラブユーと言ってどこでもかしこでもハグをするアメリカ人のママ役になりきること。事あるごとに抱きしめ、「大好き」はしょっちゅう声に出して言いました。 それが大成功。暫くするとこんな変化が現れました。奈美は良太に同じことをするようになっていたのです。 「良太、すごいよ! 偉いね!」 「良太、大好きだよ!」 それまでより良太に優しくするようになりました。2人で仲良く遊ぶようになりました。それが今もずっと続いています。 大切な気持ちは、オーバーリアクションくらいでようやく、やっと伝わるものなのでした。