マンモス「最後の楽園」で探る4000年前の絶滅の謎
化学成分データによる最新研究
10月15日付けの学術雑誌「Quaternary Science Reviews」に、最後のマンモス達が「具体的にどのような生活環境にいたのか」、この考察に関する興味深い研究論文が発表された(ローラ・アルペ等2019)。英語でかかれた論文のタイトル(※1)を簡潔にまとめると、「ウランゲリ島におけるマンモス化石の同位体の記録による飢餓状態または生存環境に関する考察」だ。 フィンランド、ドイツそしてロシアの研究者からなる国際研究チームは、ウランゲリ島とシベリア北部から見つかった約4万8000年~4000年前のケナガマンモスに的を絞った。52点に及ぶ骨や歯の化石から直接サンプルをとり、「化学成分」を分析した。 具体的には炭素(13C)、窒素(15N)、硫黄(34S)などの「安定同位体」のデータを用いた。こうした化石骨の化学分析は、最近、古生物学者に人気がある手法だ。太古の地球環境や動物の食生活に関する、何かしらのシグナルが読み取れる可能性があるからだ。 そして、分析の結果、温暖化が進行していた「約4万1000年から4000年前」の期間、同位体13Cと15Nの値は比較的安定していたことがわかった。このことは、マンモスのエサだったと思われる植物相に大きなダメージは特に起きておらず、「食料不足」に陥ることがなかったか、あるいはマンモスが「空腹状態にかなり強い」体質を備えていた可能性が高いことを示しているという。 また、マンモスが比較的長い時間をかけて、温暖化の進行とともに段階的に滅んでいったとする考えを「環境変化説」というが、ウランゲリ島ではこの兆候があまりみられないことも明らかになった。 つまり、一連のデータは、「約4000年前に何か『突発的な事件』が起こって最後のマンモスの群れが死に絶えた」と考えたほうが、つじつまがあうものだった。
「人類の介入」が原因か?
それでは、この「突発的な事件」とはいったい何だったのだろうか? マンモス絶滅の直接の原因だが、以下の四つのアイデアが(以前の記事で紹介したように)主な仮説として、古生物学者によって広く提唱されているようだ。 1)人類による乱獲説:世界各地で石器やマンモスの骨に見られる傷跡などの証拠が見つかっている――短期間に起きた可能性が高い 2)環境変化説:氷河期から温暖化への移行による――かなり長期間にわたって起きた 3)ウイルス蔓延説:どのようなものだったのか具体的な特定はなされていない――比較的短期間に起こったかもしれない 4)隕石衝突説:隕石の跡ははっきり特定されていないが、北米のどこかに1万3000年くらい前に落ちたと考えられている――短期間の大異変が推定される あえて断っておきたいが、この四つはあくまで仮説であり、真相ではない。世界各地に住んでいたマンモスの群れ「全てにあてはまるのか」、それとも「地域差」があったのかどうか、こうした議論はいまだに盛んだ。単一説ではなく複数の要素がからんでマンモスが滅んだ可能性もある。 そして「長期間か短期間のうちに起こったのか」という、マンモスの「絶滅スピード」の判定は、その原因解明のカギとなる重要なものだ。 それでは、上記の四つの主な仮説の中から、ウランゲリ島で起きたとされる「短期間の突発的」な絶滅を、うまく説明できるのはどの仮説だろうか? 研究チームは、人類の介入による「乱獲説」の可能性を指摘している。 ウランゲリ島で起こった「マンモス『最後の楽園』の終焉」。わずか4000年前という古生物学的には新しい出来事であるにもかかわらず、まだまだたくさんの謎が残されている。今回のウランゲリ島の研究によって、マンモス殺しの「真犯人」がずいぶんとしぼられた感はあるものの、「事件解明」にはまだ地道な「捜査」が必要だろう。 しかし、今回の論文を足がかりに、今後、さらに活発な研究がこの辺境の地「ウランゲリ島」で進むことだろう。特に証拠探しについては、容疑者がある程度しぼられたことで、これまで以上にやりやすくなったと思われる。 「真犯人」特定の日は、それほど遠くないかもしれない。 ※1 Laura Arppe, Juha A. Karhu, et al. Thriving or surviving? The isotopic record of the Wrangel Island woolly mammoth population. Quaternary Science Reviews, 2019; 222: 105884 DOI: 10.1016/j.quascirev.2019.105884. 著者略歴:池尻武仁(博士)。名古屋市出身。1997年に渡米後、2010年にミシガン大学で化石研究において博士号取得。現在アラバマ大学自然史博物館研究員&地球科学学部スタッフ。古脊椎動物(特に中生代の爬虫類と魚類)や古生代の植物化石にもとづくマクロ進化や絶滅、そして太古環境の研究をおもに行う。Twitterアカウントは@ikejiri_paleo