「嫌われ者」がSNSで勝ち進んでいく 「オールドメディア」は「偏向報道」批判にどう向き合うか
すぐに忘れられてしまう
最近は、ニュースの消費速度にも変化が見られるという。 「今年起きたニュースすらなかなか思い出せませんし、たとえば9月末にあった自民党総裁選なんかは記憶の彼方です。『2024年の人物』と聞かれて、パッと出てくるのは大谷翔平選手など有名アスリートくらいなものでしょう。テレビ番組で時事問題を扱ってきた爆笑問題の太田光さんも、ニュースの消費速度が加速していることを嘆いていました」(石戸さん、以下同) 急速な熱狂と急速な忘却が繰り返される背景には何があるのか。 「間違いなくインターネット、特にSNSやYouTubeの影響でしょう。以前、僕がインターネットメディアで働いていたとき、記事を出すタイミングを少し外しただけで、一気に読まれなくなるということがありました。つまり、時間がたつとすぐに人々の関心が下がってしまうのです。この傾向は今後も変わらないどころか、より強くなるでしょう。兵庫県知事選関連のように、次々と続報が出てくるようなニュースなら関心がある程度続くと思いますが、通常は次の週、もしくは次の月にはもう古くなってしまって忘却の彼方へ……となります。そこで必要なのは、忘却に抗(あらが)う=時間の経過に耐える社会の描き方。つまりノンフィクションの世界で培われてきたものの復権だと思います」
YouTubeのマスメディア化
メディア環境の変化がさまざまな面で人々に影響をもたらしたとすれば、こと選挙において、われわれはどんなふうにメディアに向き合えばいいのだろうか。兵庫県知事選後には、「オールドメディアの敗北」「SNSの勝利」といったことが盛んに叫ばれたが、今後、選挙とメディアの関係にはどんな変化が起こるのだろうか。 「ここ最近の選挙でYouTubeを駆使した候補が支持を集めている傾向があるのは明らか。YouTubeが完全にマスメディアになったことを示しています。広く議題設定ができ、選挙期間中も自由に発信できるYouTubeは政治家にとっても便利なツールですし、情報を知りたいと思っている有権者にもアプローチしやすい。実際にどれほど影響力を持っているかについては、専門家の研究を待ちたいところですが、人々の現実認識にも影響を与えていることでしょう。今後は、各政党や候補者がいかにYouTubeで情報を拡散するかを競い合う選挙になっていくはずです。また、時事問題や政治を解説する政治系ユーチューバーの存在感も高まると思います」 その上で、変化を迫られているのは、新聞、テレビなど旧来からあるメディアだ。 「これまでの新聞やテレビの選挙期間中の報道は、良く言えば『公正な選挙』に影響を与えないよう抑制的に振る舞う、悪く言えば過剰なまでに公選法や放送法を意識して、腰の引けた報じ方になっていました。あるいは政党・政治家からの批判を過度に恐れていたのかもしれません。各候補者を同じ秒数扱うとか、同じ行数を割いて『公平』に扱っていますと主張してきたのですが、今後は改めざるを得ないでしょう。そもそも公選法にも放送法にも『こんな選挙報道をやりなさい』とはどこにも書いていない。単にメディアの自主規制であり、言い訳です」 その「引けた腰」によって生じた空白を埋めたのがSNSである。一方で、力を持ち過ぎたかに見えるSNSにも問題がないわけではない。真偽不明の情報が出回り、誹謗中傷の温床にもなり得ることから、一定の規制をかけるべきという声もあるが、石戸氏はこれには否定的だ。 「SNSやインターネット空間への規制は、およそ現実的ではありません。行き過ぎた誹謗中傷、名誉毀損的な発信への対策は、現行法の枠内で対処していく方が、筋がいいと思います。今後は、選挙報道においてSNSとマスコミの間で変化の競争が生まれるでしょう。より早く変化をした方が次のスタンダードを作ります。来年以降の大型選挙は次の報道を決める選挙でもあるのです。SNSやYouTubeを上手に活用する候補者が勢いを得る状況は当分変わらないでしょう。その意味では対立や分断、炎上をエネルギーとするタイプ、いわゆる『嫌われ者』というスタンスを意識的に選択する人が増えるかもしれません。そういう人をどう扱うかも問われます。これまでならば無視でよかったかもしれないけれども、そうはいかなくなる。ここでこそマスコミが取材力や経験を生かして、その主張の是非や真贋を伝えていく必要があると思います」
石戸 諭(いしどさとる) 1984(昭和59)年、東京都生まれ。立命館大学法学部卒業後、毎日新聞、BuzzFeed Japanの記者を経て、2024年11月現在はノンフィクションライター。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』『ルポ 百田尚樹現象』『ニュースの未来』『東京ルポルタージュ』などがある。 デイリー新潮編集部
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