『不夜島』荻堂顕［著］（祥伝社）

　故郷を失った者が彷徨い、魂を取り戻すために闘う物語である。 『不夜島』は第二次世界大戦後の沖縄が舞台なのだが、小説内における沖縄は現実とはかなり異なっている。作中の世界では電脳技術が発達しており、電脳化した者同士で直接通信を行う事ができる。主人公である武庭純もサイボーグ化した台湾人で、与那国島において密貿易で生計を立てていた。身体を科学技術によって拡張した人間が存在する世界を描くサイバーパンクSFが作品の基調になっているのだ。 　武は知り合いの警察官から、殺人を繰り返す日本の元憲兵が島に逃げ込んだらしいという情報を聞く。時を同じくして、武はある人物から“含光（ポジティビティ）”と呼ばれるものを手に入れて欲しいという依頼を受ける。“含光”は正体不明の物であり、名前のみが判明しているという。殺人鬼と化した元憲兵の捜索と、謎の“含光”の正体を求めて武は島内を駆け回る事になる。 　小説内の与那国島は密貿易によって栄えており、夜は華やかなネオンで彩られる街が存在する。戦後の混沌を煮詰めたような土地を武が歩き回る前半部は、都市の姿を活写する一人称私立探偵小説に近い味わいを堪能できる。物語が大きな転調を迎えるのは後半部だ。武は“含光”を追い求める内に、いつしか大きな陰謀へと巻き込まれてしまう。ここから物語は謀略小説の興趣も入れ込み、それまでの閉塞的な雰囲気から一気にスケールアップしていくのだ。 　アイデンティティの喪失と回復が小説を成す大きな柱になっている。武をはじめ本作の登場人物達には、故郷喪失者と呼ぶべき存在が多い。自分が自分である事の証を立てられず苦悩を抱える人々が、闘争を通じて個の尊厳を取り戻そうとする姿が心を射抜くのである。終盤の悲愴感と高揚感が渾然一体となった読み心地も、そうした熱い闘いの物語だからこそ生まれたものだ。 [レビュアー]若林踏（書評家） 協力:新潮社　新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社