謹んで故人の冥福を祈ります─事務所への葬儀花輪は韓国K-POPファンの変質の象徴?
謹弔花輪はHYBEでも
芸能音楽事務所にファンが謹弔花輪を贈るのはこのRIIZEの件が初めてではない。一番話題となったのはHYBEとNewJeansの生みの親と言われるADOR前代表ミン・ヒジンの対立に関連した謹弔花輪デモだろう。 4月下旬にHYBE側が「ミン·ヒジンが経営権奪取を試みた」と監査結果の報告を発表すると、ミン前代表の辞任を要求する謹弔花輪が配達された。その後ミン・ヒジンがNewJeansのプロモーションに関してBTSなどHYBE所属アーティストたちに言及した事実が明かされると、各グループのファンによるミン・ヒジンに向けた謹弔花輪デモが行われた。一方ではNewJeansのファンも、HYBEとパン・シヒョクHYBE議長に向けた怒りの謹弔花輪を送りつけ、HYBE本社前は謹弔花輪戦争という状況が続いた。 またHYBEについては、BTSファンによる謹弔花輪デモも行われた。5月、BTSへの悪質なデマに対する対応が不十分だとするBTSのファンは、所属事務所であるHYBEに謹弔花輪を送った。さらに8月にはBTSメンバーのシュガが自宅近くで酒を飲んで電動スクーターを飲酒運転したことが発覚し、最終的に罰金刑を言い渡されたが、この事件を巡っても一部のファンがシュガの脱退を求めて謹弔花輪デモを行った。彼らの送りつけた花輪には「飲酒運転者ミン・ユンギ(シュガの本名)脱退しろ」、「ミン・ユンギ自主脱退」、「フォトライン立つ前に脱退しろ」、「私たちの手を放したのはあなただ」などの批判メッセージが添えられていた。 <謹弔花輪デモは違法?> 日本では考えられない韓国K-POPファンの謹弔花輪デモだが、実はK-POPファンだけがやっているわけではない。保守と革新の対立が激しい韓国では政治の分野でも謹弔花輪が使われることがあり、昨年、最大野党の共に民主党のイ・ジェミョン代表に対する拘束令状を棄却したソウル中央地裁の判事に対して、保守系団体が最高裁の前に数百個の謹弔花輪を立てたのが代表的な事例だという。 こういった謹弔花輪デモが広がるにつれて、警察と区役所なども対応策を用意した。現行の韓国の法律では、屋外集会またはデモの主催者は、開始48時間前に管轄する警察署に事前申告書を提出しなければならないが、この時、垂れ幕など集会で使う用品を書かなければならない。これに花輪も含めたのだ。警察庁関係者は「謹弔花輪は集会用品と見る。申告時に使用個数を事前に明示しなければならない」と説明した。 個数などが申告内容と異なる場合、管轄区庁による戒告処分がありうるという。 ただ、今回問題になったRIIZEファンによるSMエンターテインメント本社前での謹弔花輪デモについては、このような手続きが十分に取られていなかったことが知られている。SNSでの謹弔花輪デモを呼びかける投稿のなかには「(申告をしなくても)いったん送れ」と誘導する書き込みもあった。このため、警察や区役所が事前に把握したものより大量の花輪がSMエンターテインメント本社前に並ぶ事態が発生したのだ。 一方で、HYBEに謹弔花輪を送ったNewJeansファンたちは事前申告手続きを守り、現場で花輪を管理する人材まで雇用して常駐させたという。HYBEの本社がある龍山区庁関係者は「花輪を管理する担当者が警察、区庁と連絡をとりながら、申告された時間外には片付けるなどして花輪デモが比較的秩序よく進行された」と説明した。 問題は手続きを守らなくても罰則などがないという点だ。警察関係者は「花輪はガスボンベなどの危険物品ではなく、事前申告がなかったからといって片付けたりするのは難しい」と話した。また業者を通じて配達されるため、送り主を特定するのが難しく、取締りがしづらい。 城東区役所の関係者は「花輪を配送業者だけが行き来し、実際の注文者とは接触できない状況が続いた」と明かした。不法に置かれた物であっても私的財産と見る余地があり、むやみに片付けることもできない。花輪デモの2日後の13日、スンハン脱退の報道が伝えられてから、配達業者等が一部の花輪を回収していく前まで城東区役所には「通行に邪魔になる」「都心の真ん中に葬儀の花輪がぎっしり詰まっていてぞっとする」等、関連苦情だけで30件余りが受け付けられたという。 <なぜ韓国K-POPファンはそこまで過熱する?> 大好きな推しを応援したいという気持ちは、K-POPに限らず、さまざまなジャンルのファンに共通したものだが、韓国K-POPファンは一体、どうしてそこまで過熱するのだろう。SMエンターテインメントにスンハン脱退を求める謹弔花輪を送ったというK-POPファン歴17年目のAさんは「K-POPファンも消費者として消費に直結した重要な問題に対して異議申し立てを表現する権利があると思っています」と語り、謹弔花輪デモは所属事務所の決定に抗議を表わす手段だと主張した。また、K-POPファン歴12年目のBさんは「以前のK-POP文化はただ歌を聞いて舞台を見るだけでも十分だったが、最近は所属事務所がファンサイン会などを通じて無分別な消費を要求する。ファンが自身の消費水準に見合った待遇を受けようとするのは当然です」と語っている。 専門家の意見はどうだろうか? 大衆文化評論家のチョン・ドクヒョンは「単純に応援するだけでなくアルバムやグッズなどを購入することでアイドルグループの成長過程に実質的に参加する『消費ファンダム』が登場し、アーティストや事務所に対してK-POPファンダムの積極的介入を呼び起こした。過度に商業化された部分が口実を提供した側面もある。ファンの立場としては自分がそれだけお金を支払ったので一定程度の補償が当然だろう。ただし、私生活に過度に介入すればストーキングなどの犯罪につながりかねない」とコメントした。 今やK-POPファンダムが所属事務所の商品を購買する消費者にとどまらないという分析も出ている。ファン・ジンミ大衆文化評論家は、「政治がファンダム化されるように、ファンダムも政治化されている」と分析した。 彼は「(ファンが朴槿恵元大統領の弾劾のきっかけとなった)ろうそくデモなど広場政治を見て積極的に乗り出す態度を学んだ。ファンが一種の市民の立場で参政権を行使し、所属事務所が(ファンダムの)意見を代行してくれることを要求しているのではないか」と分析している。
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部