3代受け継いだ賃貸ビル「二つの老い」相続対策の行方
祖父母の代から引き継いできた賃貸ビル。ビル所有会社は3人きょうだいの共有で、相続対策として共有の解消を進めたものの……。税理士の広田龍介さんの解説です。【毎日新聞経済プレミア】 東京都内の商業地でビル賃貸業を経営していたKさんが心筋梗塞(こうそく)のため78歳で亡くなった。事業は祖父母の代から相続で引き継いだものだが、ビルの所有会社はKさんら3人きょうだいの共有となっており、その解消を進めるなど3人で相続対策に取り組んできた。その最終段階となっていたところの急死で、Kさんの相続対策は残念ながら未完に終わった。 ◇3代で引き継いだ賃貸ビル ビルの敷地はもともと、Kさんらの祖父母が飲食店を営んでいた場所だが、高度成長期に不動産賃貸業に転業した。当時、都内の商業地で事務所ビルの需要が高まっていたことから、飲食店を閉店し、6階建ての賃貸ビルを建てた。ビルは新たに設立した会社名義とし、個人所有の土地を会社が賃借している形態とした。 1980年ごろ、祖父母が相次いで亡くなり、会社の株式と敷地は父親が相続した。 バブル期前夜の地価上昇期だったが、ビルを会社名義としていたことが功を奏し、相続税負担は思いのほか軽く済んだ。この地域の借地権割合が80%であるため、相続財産としての土地所有権は20%に圧縮され、会社はビル建設の借入金が残っていたため、株価は低く評価されたからだ。 2000年ごろには、Kさんの両親が相次いで亡くなり、長男のKさんが会社株式と土地のそれぞれ2分の1を、さらに残りの株式と土地のそれぞれ2分の1ずつをKさんの姉と弟が相続することになった。 だが、バブル崩壊後とはいえ地価は高く、会社の株価評価額も高かったため、さすがに相続税の負担は大きかった。幸い会社に賃貸収入の蓄えがあったことから、3人が相続した土地を会社に買い取らせることで、なんとか納税資金を捻出できた。 ◇「二つの老い」に直面 こうして3代にわたって、賃貸ビルを守り続けてきたわけだが、3人きょうだいの高齢化と、ビルの老朽化という「二つの老い」に直面し、その見直しが迫られるようになった。 ビルは、大規模修繕か建て替えが必要な時期になったが、いずれも多額の資金が必要だ。銀行借り入れでまかなうとしても、Kさんらの代での返済は無理で、子や孫に借金を引き継がせることになる。 Kさんは、姉弟と話し合い、賃貸ビルと土地を売却することを提案した。そのうえで、会社を清算して株式を現金化すれば、共有状態も解消される。そうして、3人それぞれの家族単位で資産を運用するのが一番だろうと話した。姉も弟も同意見だった。 こうして賃貸ビルの売却にこぎつけ、税務申告も終わり、会社の資産は現金だけになった。いよいよ清算・分配となったが、そこで新たな問題が持ち上がった。 分配金が高額になるが、資本金を超える分配金は配当所得となり、所得税・住民税の最高税率55%が適用されるとわかったからだ。配当控除を受けても、半分は税金となり、手取りは大きく減る。 一方、株式で売却できれば、税率20%の分離課税になる。Kさんらは、そこまで税負担に差があるのならと、方針を修正し、株式で購入してくれる人を探した。なんとか買い手が現れ、手取りを大きく減らさずに手元に残すことができた。 ◇姉弟の子たちに資産を残す こうして、きょうだい3人それぞれが自分の相続対策として、資産を運用することができるようになった。だが、Kさんと姉弟とでは少し事情が違った。 姉と弟は、それぞれ40代の子ども2人がおり、孫もいる。子や孫のために、資金をどう使うか、どう残すかなど方向性は決めているようだ。 しかし、Kさんは10年ほど前に妻を亡くし、子どももいない。自分の老後資金といっても、使いみちはたかが知れている。 そこで、姉弟の子たちに資産を残そうと、相続対策を練ることにした。 まず、財産の整理だ。Kさんの自宅は祖父母の代からの借地権付き戸建てで、地主はお寺だ。古くからの借地のため、隣地との境界が入り組んでおり、扱いが難しい。こうした面倒な財産は整理し、管理しやすい財産に組み替えておかないと、引き継ぐ側も迷惑だ。同様に、ゴルフ会員権やリゾートマンションなど、所有資産の売却も進めることにした。 資産を組み替えたうえで、姉弟の子たちに何を残すか。Kさんは、定期的に家賃収入が入り、管理の手間がかからない賃貸マンションを軸に検討した。 その結果、目をつけたのが、期間70年の定期借地権マンションだ。土地を取得しないため、そのぶん価格が抑えられることや、借地権については「長期前払い地代」の支払いとなって、毎年経費化できることから、不動産所得の計算上、節税メリットがある。 もちろん、期間満了になれば返還しなければならないが、70年であれば、姉弟の子たちにとっても十分な期間だろうと考えた。 Kさんが亡くなったのは、こうして遺言書を作成する準備を進めていたさなかのことだった。ようやく考えた相続対策が白紙になり、Kさんはさぞかし無念だったことだろう。