「娘が可愛いと思えない...」母親失格かと悩み続けた20年。ある夜、娘本人からきた衝撃のメールとは?
平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。 そっと耳を傾けてみましょう……。
第72話 気が合わない母娘【前編】
『それじゃ同窓会の連絡の手紙のことだけど、封筒をあけて写真に撮るか、英玲奈のマンションに転送するか、連絡をちょうだいね。すぐにお返事しないと迷惑かけちゃうでしょう。忙しいと思うけどあまり無理しないようにね』 電話をかけたら留守番電話に切り替わったので、私は一息に用件を告げる。一応、会社が終わった時間帯にかけてみたけれど、出ないことにちょっとだけほっとしていた。 ショートメッセージにしようかと迷ったけれど、先週送って既読スルーされていた。 大学を出てから就職し、待ってましたとばかりにひとり暮らしを始めた娘の英玲奈。兄ふたりと比べても、3人のなかでいちばん若いときに独立したことになる。 「新卒で家賃8万円のマンションなんか借りて、あの子、どうやってやりくりするつもりなのかしら」 そんな風に夫に言ってみたものの、ほんの少しだけホッとしたのも事実。 なぜならば、私と、待望の娘であったはずの英玲奈はどうにもこうにも……気が合わないのだ。私たちのあいだの微妙な「ズレ」と「溝」は、24年かけて、否定しがたく、厳然としてそこにあった。
母を亡くした彼女の理想
20代で男の子が立て続けに生まれて、とても嬉しかったけれど、私は大きな決断を迫られた。どうしても女の子のママになってみたいという欲求に目をつぶるか、3人目に挑戦するか。 私は営業職としてずっと仕事を続けるつもりで、夫も会社員。共働きは忙しいけれど、社宅があるので家族の人数に応じたところに格安で住めるから生活はなんとかなる。 私は決断し、幸運にも賭けに勝った。第3子は女の子、待望の女の子。 母を早くに亡くした私は、その経験の影響があるのだろう、ずっとふたつの理想を描いていた。ひとつ目は長い人生、何があるかわからないからしっかり働いて稼げるようになること。ふたつ目は、子どもと旅行に行ったり食事に行ったり、たくさんの楽しい時間を過ごしたいということ。夢のイメージは女の子で、私と母ができなかったことを重ね合わせているんだろうと思う。 うえの男の子、翔太と健太はやんちゃで手がかかったけれど、その分単純で、ストレートなところがとっても可愛かった。そして最後に家族に加わってくれた英玲奈とは、その可愛さにプラスして、服やヘアスタイルを選ぶ楽しみや、進路に悩んだときに支えたり、将来は恋について一緒に悩んだりするような、小さくて新しい喜びを共有する……はずだった。 でも彼女が5歳になる頃には、少々私のイメージとは異なる「彼女らしさ」がすっかりあらわれていた。英玲奈は遠足やお遊戯会でも、どこかクールに構えているタイプ。お姫様役にちっとも興味がなく、残った村人の配役がいいと淡々と参加していた。 この、淡々と、というのが何事も全力で頑張りたい私にはどうしても……つかみどころがないように感じてしまう。歯がゆいし、もどかしいし、はぐらかされているような、心が通じていないような気がする。 そのあと、受験や人間関係のあれやこれや、進路などすべての局面においてあの子はクールで淡泊だった。それは私の生き方とは正反対で。 きっと英玲奈も、私のことを暑苦しい母親だと思っているだろうし、それは成長するにつけて感じるようになっていた。彼女は母親とべったりしたいなどと思うタイプじゃない。誰かとつるむことがそもそも少ないし、自分を全部さらけ出すのは苦手なようにも思える。だからこそ生活費がきつくてもわざわざ東京にある実家を飛び出していったんだろう。 夫婦のどちらにもあまり似ていない、涼しい顔つきのほっそりした娘。小さい頃からわがままを言うこともなかった。末っ子の女の子、というイメージからもほど遠く、それも拍子抜けしたものだ。 かわいげがあるという意味では翔太と健太のほうが圧倒的に上。女子同士にだけ発生すると思われた強い連帯感は、母娘だからって自動的に発生するわけじゃないらしい。 そんなことに産んでから気づいたなんて誰にも言えない。わが子に、「好きな順番」があるなんて絶対に言っちゃいけない。 母は無条件に子どもが可愛いもの。 その「前提」と、上の二人ほどには下の子を愛せないという事実は、私に、外からは分からない深い罪悪感を残した。