「娘が可愛いと思えない...」母親失格かと悩み続けた20年。ある夜、娘本人からきた衝撃のメールとは?
ひとさじのリアル
「英玲奈ちゃん、いいじゃない自立してて。うちなんていつまでたっても家を出ていかないし、結婚したらうちの隣のマンション買うって言ってる。私に子どもの世話を押し付ける気満々よ!」 大学時代の友人、美津は気の置けない、この年になるととても貴重な女友達。でもそんな美津にさえ、「自分の娘と気が合わない」とは言えなかった。冗談のように、愚痴のように「あの子ったらメッセージは既読スルーするわ、実家に寄り付かないわ、ほんとドライなのよ」とつぶやくのが精一杯。 母は絶対的に子どもを愛しているはずだから、3人目の、しかも待望だったはずの娘だけ可愛いと思えないなどと言ったら、人でなしだと思われるだろう。理想の母娘関係じゃないからといって落胆しているなんて、我ながらひどいと思う。 英玲奈が中学生のときには、いよいよ彼女と距離があることを自覚して焦り、「娘 気が合わない 可愛いと思えない」などと検索して、ネットの世界に共感と対策を探していた。最低だ、私。 私はランチのパスタを食べながら、美津にライトに愚痴ってみる。 「でも、私なりに必死に3人目を産んで、大人になったら女同士で遊びたかったのよ。息子なんて彼女ができたら結局そっちだし。親なんてつまんないものねえ」 「そうよ、親なんて、子どもにお金も手間も愛情もかけまくっても、最後はそんなもんよ。期待しすぎなのよ、春奈は。ま、子どもは母親がなんだかんだ好きだと思うけどな。クールに見えてもね」 そうかなあ。そうは見えないな。英玲奈から、好かれてるという自信はほとんど持てなかった。私は曖昧にほほ笑む。 英玲奈が就職をするとき、事務のなかでも広がりの少なそうな仕事、もっといえば刺激のなさそうな職場ばかり応募するので、若いのにそれでいいの? と尋ねたことがある。 すると英玲奈ははっとするほど硬い声でこう答えた。 「私、お母さんみたいにがちゃがちゃしてる人生は目指してないから。自分のペースで生きたいの。私とお母さんは、全然違う。私がいいと思うものを、一方的に評価を下して口をださないで」 苦い記憶。頭に浮かんだその場面を振り払いたくて、私は目の前のパスタに集中する。
小説/佐野倫子 イラスト/Semo 編集/山本理沙
佐野 倫子