一部のファンの間で物議を醸すも…Netflix『極悪女王』がプロレス界のタブーに切り込んだワケ。考察&評価
テーマに映し出されたキャスト達の生き様
有名、無名にかかわらず、覚悟を決めた女優たちがプロレスに真摯に向きあい、ほぼ吹き替えなしで試合に挑んだことでカメラも肉薄、リアルな感情と肉体のきしみが伝わるような熱闘シーンの数々が生まれた。 逆にいえば、彼女たちがここまですべてをさらけ出せたのは、このドラマが扱っているテーマが「プロレス」だったからだ。プロレスの本質は、虚実の彼岸を超えたところにある。プロレスラーは、どんなギミックやキャラクターに包まれていても、試合を通じて生き様がにじみ出る。プロレスファンは試合の勝敗だけでなく、そのレスラーの人生そのものも見ている。 『極悪女王』のキャストたちも、ドラマとはいえ、プロレスを通ったことで役柄を超えたそれぞれの半生が浮き彫りになる。 ゆりやんの怒りと涙に、その内面に隠された苦悩を。唐田えりかの髪切りシーンに、贖罪と不屈の根性を。剛力彩芽のいらだちに、プッシュされた側の重圧とプライドを…。 女優たちのこれまでの生き様が、プロレスを通すことで垣間見えてくる。これが他のスポーツをテーマにしたドラマだったら、ここまでの情念を感じなかっただろう。
人生は「ブック破り」の繰り返し
プロレスファンにとって物議を醸したのは劇中に出てくる「ブック」という言葉だ。 舞台となる全日女子プロレスでは、事前の勝敗を取り決めを「ブック」と呼び、それを反故にして勝手に決着をつけてしまうことを「ブック破り」と表現している。 あえて、この言葉を使わせてもらうと、『極悪女王』はブック破りの果てに未来を掴み取るという物語だ。 夢を追って自分を表現するためには、誰かを裏切る瞬間がある。与えられた役目をはみ出して、やりたいことをやらなきゃいけない時がくる。そんなブック破りの連続で、それぞれの人生が転がっていく。 レスラーだけではない。松本香の母・里子が「離婚する」と言いながら、いつまでも夫と別れないのも一種のブック破り。その父が生死の境から生き延びたのも、家族にとってはブック破りである。反則上等。ルールを超えたところに真実のドラマが立ちのぼるのが、プロレスの醍醐味だ。 本作のラストで実現する同期入門4選手によるシャッフルタッグマッチもブック破り。でも、ああいう瞬間に居合わせたくて、プロレスファンは会場に通い続けている。 芸能界も同様だ。不倫も、独立も、海外進出もブック破りだ。でも、そこから立ち上がり、ファイトバックして立ち向かう姿をファンは追い続けたい。 『極悪女王』の撮影を乗り越えたキャストたちは、他にはない絆が生まれたはずだ。同時に、心に「プロレス」を宿したはず。それだけでも『極悪女王』は、以前・以後で語られるターニングポイントな作品になったといえよう。 (文・灸 怜太)
灸 怜太