なぜアメリカのレンタカー会社はテスラを手放したのか?
欧州ではカンパニカーからもBEVが消えつつある
欧州ではVW(フォルクスワーゲン)をはじめステランティス、メルセデス・ベンツなどがメーカー直営リース会社を持つほか、10万台規模で法人向けリースを行う大手も存在する。ドイツを例に挙げると、国内の乗用車販売台数の約3分の2がカンパニーカー、社用車、レンタカー、タクシーなど法人需要である。じつはドイツは、個人購入の比率が欧州のなかでも低い。 通常、リース会社は契約満了時の車両の推定残存価格をシビアに見積もって料金設定し、リース料は減価償却費をカバーするようになっている。しかし、欧州でテスラのリースを行なっていたリース会社は、テスラの値下げによって中古車価格が下落したことで、リース契約時に想定していた残存価格よりも実際の残存価格が大幅に下落してしまった。 クローズドエンド方式のリースで残存価値が予想以上に下落すると、リース会社は損をする。リース契約が終了すると、リース会社は車両を引き取るか、もう一度同じ相手に「再リース」するかになるが、相手が「もう要らない」と言ってくれば再リースはできないから中古車として売却する。この段階でBEVは「当初の想定より残存価値が低い」ことが多いため、リース会社の損失が拡大した。 オートモーティブニュース・ヨーロッパによると「大手リース会社がOEMに対し中古車価格の下落を損失補填するよう求めている」という。つまり、中古車価格が下がった分の金額をOEMに支払わせる、ということだ。 OEMにとってカンパニーカーは旨味のある市場だ。ほぼ決まった仕様とボディカラーのモデルを買ってもらえるためだ。企業にとっては、カンパニーカーは「所有」していないため資産にならず、節税対策になる。そのため、一時期はBEVがカンパニーカーに振り向けられた。 しかし、メンテナンスリース契約をしているBEVが故障し、たとえばバッテリーパックの交換が必要になった場合、その代金は契約者に請求できない。メンテナンス料金があらかじめ決まっているためだ。新車保証期間中ならバッテリーパックはOEMが無償で交換するが、ドイツを例に取ると「カンパニーカーの走行距離がバッテリー保証対象の走行距離を超えてしまった」ことでリース会社がバッテリー交換費用を負担した例もあるそうだ。 また、リース会社と契約する「残存保険会社」では、保険料の値上げが相次いだ。クローズドエンド方式のリースでBEVをリースする場合、リース契約終了時に残存価格が当初の想定を大きく下回るとリース会社が損をする。そこで残存価格に対してリース会社が保険をかける。残存価格が当初予定を下回った場合に、その「下がった分」を保険会社に補填してもらうのだ。この保険を請け負うのが残存保険会社である。 しかし、BEVは残存保険市場からも締め出されつつある。保険料の支払いが大きくなれば保険料率が上がる。「もはやBEVの残存価格の低さは保険で損失補填できないレベルになりつつある」というのだ。 欧州でBEVの販売台数が減っている理由は、法人向け需要の減退が最大の原因である。米国も同様だ。レンタカーとリース契約から嫌われたBEVは、中古車価格の下落を食い止めなければこの市場での復活は難しい。しかし、値下げと値引きが横行すれば中古車価格は下がる。 おまけにBEVは、欧州でも米国でも在庫が膨らんでいる。在庫処分のためには値下げと値引きが必要だが、それをやれば中古車価格が確実に下がる。いまやBEVは「普通の自動車」の流通ルールの中に放り込まれてしまった「厄介な金食い虫」と言える。 日本ではカンパニーカーという制度は馴染みが薄いが、欧米ではヘッドハンティングの条件のひとつになっている。「ウチの会社は、部長級にはメルセデス・ベンツEクラスかBMW5シリーズを貸与します」といった文言が「幹部社員募集」の広告には載っている。 ちなみに、かつて1980年代にメルセデス・ベンツが190E(現在のCクラス)をラインアップに加えた理由は「カンパニーカーでEクラスを貸与されていた人が退職し、クルマを返却しなければからなくなったときにポケットマネーで買えるメルセデス・ベンツがあれば売れる」という理由だった。 同様にBMWが7シリーズを開発した理由は「高級カンパニーカー需要をメルセデスベンツSクラスから奪うため」だった。それくらい、欧米ではカンパニーカーが普及しているのである。
牧野 茂雄