「羽生九段と素人」目に映る盤面は同じはず…「天才脳」に追いつくための「驚愕の学習術」
累計43万部を突破し、ベストセラーとなっている脳研究者・池谷裕二さんによる脳講義シリーズ。このたび、『進化しすぎた脳』 『単純な脳、複雑な「私」』(講談社ブルーバックス) に続き、15年ぶりとなるシリーズ最新作『夢を叶えるために脳はある』(講談社)が刊行された。 【画像】これが音声を聞いた時「脳」…脳を擬似カラー化した「衝撃の画像」 なぜ僕らは脳を持ち、何のために生きているのか。脳科学が最後に辿り着く予想外の結論、そしてタイトルに込められた「本当の意味」とは――。 高校生に向けておこなわれた脳講義をもとにつくられた本書から、その一部をご紹介しよう。 ※ 本記事は、『夢を叶えるために脳はある』(講談社)の読みどころを、厳選してお届けしています。
将棋の一手、妙手と悪手をどう区別する?
こういうアプローチは、応用が利く。たとえば将棋。この図(「これは妙手か、悪手か?」)を見てほしい。ある対局で、こんな局面に至った。 そこで、この位置に角を打つのは「よい手」ですか。 ー いや。 ー 悪手でしょう。 僕には全然わからない。これね、実は、かつて羽生善治さんが指した妙手。この手によって戦局がガラリと変わって、羽生さんが有利になったという、いわゆる伝説的な一手らしい。 わかる人が見ればわかる。段位の高い人だったら、これが途方もなくよい手だとわかる。ただ、残念ながら僕にはさっぱりわからない。 でも、よく考えてほしい。高段位の棋士であろうが、僕のような素人であろうが、目に入ってくる情報は同じ。網膜には同じ像が映っている。おそらく、その直下の大脳皮質の視覚野でも同様だ。もう、わかるよね? ここで人工知能を使ったらどうだろう。人工知能を使って視覚野の活動を解析して、その局面、つまり、将棋の駒の配置、盤面から見てとれる勝負の形勢を解読して、本人に教える。「あなたの脳がこんなふうに活動したときはよい手だよ」とね。 もう一つ例をあげよう。この例のほうが、より現実的かな。たとえば、フィギュアスケートの演技にジャンプがある。トリプルフリップとトリプルルッツを、見分けられる人いるかな? ー わかりません。 むずかしいよね。テレビの実況解説者は、その場ですぐにわかって、技を解説してくれる。そればかりか、回転が不足してるとか、着地がスムーズではなかったとか、そんなことまで瞬時に教えてくれる。転んだかどうかならば、僕でも見ればわかるよ。でも、踏み切りが早かったとか、回転軸がブレているとか言われても、どうもピンと来ない。 これも同じことが言えるよね。解説者が見ているモニターと、僕らが見ているテレビ画面には、同じものが映っている。だから、網膜の情報に違いはない。解説者と僕の視覚野は、同じように反応しているはずだ。ただ僕本人が、自分の脳活動の差異に、気づいていないだけ。 争点は、先の絶対音感の話とまったく同じだね。無意識の脳は、選手のジャンプの種類に対して、正しく反応しているはずだ。脳はフリップとルッツの違いがわかっている。だって映像として違うんだから。ただ僕は、どこをどう見ればジャンプを見分けられるのかを知らない。 せっかく脳が反応しているのに、活用できていないのはもったいない。だったら人工知能を使って、「僕」に脳活動の差異を教えてあげようではないか。そのほうが手っ取り早いよね、という話なんだ。 名画の鑑賞や識別にも応用できるよね。美術史に詳しい研究者やアーティストは、絵画の良し悪しを直感的に識別できるけれど、僕は「これは名画ですか」と訊かれてもわからない。名画か駄作かなんてなかなかわからないし、仮になにか感じたとしても、自分の判断に確信がないし、自分のセンスにも自信がない。 だったら、僕が絵画を眺めているときの脳の反応を、人工知能に解析してもらって、「専門家だったらこの脳反応をどう判断するか」という解析結果を教えてもらえばよい。そうしたら、その絵画の価値に気づくことができるようになるはずだ。 なにせ、その脳の持ち主は、ほかならぬ僕自身なのだから、学習が早く進むに違いない。 さらに連載記事〈「脳」は、いったいなんのためにあるのか…じつは意外と難しい「この簡単な問い」に対する「脳研究者のこたえ」〉では、脳の存在意義について語ります。
池谷 裕二(東京大学薬学部教授)