インテリアデザイナー、グエナエル・ニコラが見た「アーティスト須藤玲子」【NUNO 須藤玲子の見果てぬ布の旅 vol.8】
そして2009年、ふたりは再び家具に取り組む。日本の繊維技術の可能性を周知すべく始まったプロジェクト「TOKYO FIBER」で、ニコラは「ミストベンチ」を発表。ひとの動きに感応して、座ろうとするとその場所が光り、離れると光は消えて闇となる。重力を消し去り浮遊感をつくり出したユニークなベンチの立役者が、須藤のテキスタイル。なんと光ファイバーを自分たちで手編みしてテキスタイルに仕立て、アクリルのベンチをくるんだ。「最新技術を手仕事が操る面白さがそこにはあった」とニコラは振り返る。
その後も数多くのショップや居住空間などのプロジェクトで、ニコラは須藤にテキスタイルデザインを依頼している。素材に関する知識は存分に持ち合わせた上で、ルールを度外視してイメージを具現化させていくのがニコラの持ち味のひとつ。「無茶ぶりなんですよ」と須藤は笑う。たとえば先ごろ開催された水戸芸術館での展覧会でも紹介されているレストラン「ジャン・ジョルジュ トウキョウ」の階段吹き抜けに設置されたオブジェは、「横に積層されている布に光を均等に当ててオブジェにしたい」というニコラのリクエストから始まった。テキスタイルの性質を知っていればいるほど難問であるこのお題に、須藤はスタッフと共に実験を重ねたという。結果、熱可塑性の特性を持つポリエステルを加工して重ねることで、布の柔らかさも感じさせながら、リクエストに応えた。「ルールの範囲内でのものづくりはつまらない。どうやれば実現できるか、それは自分もわかっているけれども、須藤さんがすることでもっと面白くなる」(ニコラ)。
ニコラにとって、須藤はデザイナーではなくアーティストなのだという。「素材や技術の話をするのがデザイナーだとしたら、彼女はまったくそこには触れない。ふたりの打合せで素材や技術の話は出ない。彼女もしないし、私もしない。私にとって大事なのは、須藤さんがつくり出す布が空間にどんな影響を与えるか。それに彼女の布は『和』を感じさせない。タブーをもうけることなく、布が持つ可能性を駆使してデザインしている。あえて言えば『無文化』で、すべてをなくして彼女だけの世界をつくっている。それが大きな強み。誰もつくっていない布をこれからももっと生みだしてほしいし、私自身がそれを見てみたいと願っている」。