中近東発、世界の健康食「フムス」とは?―ハリエット・ヌスバウム『フムスの歴史』
ひよこ豆にニンニク、レモン汁、塩、オリーブオイルを加えて作る中近東発祥の魅惑的なディップ、フムス。古代の近東からギリシャ、インドへと豆の栽培が広がるとともに伝わり、現代の健康的なグローバル食となるまでの歴史と文化を、カラー写真とともにせまった『フムスの歴史』より、訳者あとがきを公開します。 ◆中東で愛される料理が世界へ ひよこ豆とタヒニ、レモン、ニンニクを使ってつくるフムスは、レバント地方発祥の料理だ。日本でも、最近はスーパーやカフェで目にするようになったが、実際に食べたことのある人はどれくらいいるのだろうか? まだそれほど多くはないと思う。 じつは私も、本書を訳す機会を得るまでは、フムスというものをほとんど知らなかった。そこで、まずは著者の大好きだという「本場のできたてのフムス」を試してみようと、都内のレバノン料理店へと向かった。 注文したのは、代表的な中東料理の盛り合わせだ。ひよこ豆とタヒニの「フムス」、焼きナスとタヒニのピューレ「ムタバル」、ひよこ豆のコロッケ「ファラフェル」をはじめ、本書でも紹介されている6種の定番料理にピタが添えられていた。 たしかにおいしかった。とくにフムスとムタバルは、食感と風味のバランスが絶妙だ。だが、残念ながら(当たり前だが)アルコール類の提供は一切ない。お酒と一緒にニンニクの効いたフムスを味わいたいという方は、イスラエル料理店に行けば、現地のワインやビールと一緒にフムスを堪能することができる。 本書にも書かれているように、フムスの起源については諸説がある。レバノンとパレスチナは、それをめぐって長いこと熾烈な戦いを繰り広げてきた。いわゆる「フムス戦争」だ。2009年10月、レバノンがこの争いに決着をつけようと重さ2トンのフムスをつくってギネス記録を打ち立てると、翌2010年1月にはイスラエルにあるアラブ人の村アブゴッシュが4トンのフムスをつくってタイトルを奪取。するとレバノンがすかさず同年5月に10トンのフムスで世界一の座を取り戻した。一番大きなフムスをつくった方が本家というわけでもないだろうが、この巨大フムスの制作にあたったイスラエル人シェフ、ジャワダト・イブラヒムの「いつの日か平和が実現したら、1万トンのフムスをつくって、中東全体で分け合いたい」という言葉はとても印象的だ。 いずれにしても、これだけ本家争いが過熱するのも、フムスがレバント地方全域で愛され食されてきた食品である証だ。おいしくて、安価で、栄養価に富む、食物由来の国民的ソウルフード――日本だと、さしずめ納豆といったところだろうか。もっとも納豆が、フムスのような世界規模のトレンドになったり、本家争いを引き起こしたりするとは思えないが。 ある調査会社の市場レポートによると、世界のフムス市場は2021年の約30億ドルから2028年には70億ドル近くに成長すると予測されている。調査会社によって数値にばらつきはあるものの、今後2ケタの高い成長率で拡大していくという点では、どこも見解が一致している。ライフスタイルの変化による健康志向や、環境保護の必要性に対する意識の高まりによる、植物性タンパク質に対する需要の増加が、ミネラル、タンパク質、食物繊維を多く含むフムスの市場成長を加速させているのだ。 巻末のレシピ集には、中世のフムスから、いくつかのバリエーション、そしてフムスを使ったデザートまで、ひよこ豆と身近な食材を使った簡単な調理法が載っている。家庭でできたてのフムスを食べてみたいと思われる方は、ぜひ試していただきたい。 [書き手]小金輝彦(翻訳家) [書籍情報]『フムスの歴史』 著者:ハリエット・ヌスバウム / 翻訳:小金 輝彦 / 出版社:原書房 / 発売日:2023年12月18日 / ISBN:4562073551
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