入院中のK機長を目撃して「これは明らかにおかしい…」 羽田沖日航機墜落事故はなぜ1人も起訴できなかったのか【警視庁元鑑識課長の証言】
周囲はなぜ見抜けなかったのか
「逮捕前にK機長について鑑定留置の請求をすることはできないか、自分で法令や文献を調べたのです。その結果、司法警察職員は犯罪の捜査において必要があれば、前例がないけれども、鑑定の嘱託をすることが可能だと分かった。そこで担当検察官と協議して、入院中のK機長について“警察が”鑑定留置の請求をして、退院と同時に鑑定留置の場所に収容することにしたのです」(田宮) 鑑定医は筑波大学の小田晋(現・帝塚山学院大学教授)に頼むことにした。K機長は5月22日、待ち構える報道陣のカメラの放列の中を退院、東京警察病院多摩分院(現在の西東京警察病院)に移された。 結論から言えば、K機長の鑑定結果は、妄想型精神分裂病(現在の統合失調症)で、犯行時は心神喪失状態だったというものだった。そのため田宮は、彼を逮捕し刑事責任を追及することを断念した。小田晋氏は、鑑定したK機長の様子を今こう振り返る。 「初めて面接した時から、機長は明らかに妄想型の精神分裂病であると感じました。周囲の人々や日航の乗員健康管理室が、どうしてそれを見抜けなかったのか不思議に思ったくらいです」(小田)
K機長が語った不思議な世界観
小田がなぜそのような事故を起したのかと尋ねると、K機長は全然隠す様子もなく、不思議な世界観を語り始めたという。 彼の説明によれば、世界は「善」と「悪」の二派に分かれて争っていた。事故の当日、福岡から羽田までの飛行中に、善の方の勢力が悪の方の勢力に次々と倒されていき、木更津の上空あたりで勝負がついたような感じになった。そして着陸の直前、頭の中で「イネ、イネ」という声が聞こえた。K機長はこれを「死ね、死ね」という意味だと解釈し、その声に押されるように操縦桿を前に倒したという。 「このときに行った心理テストでも、妄想型の精神分裂病という結論がはっきりと出ました。見た目も、表情が固くて無表情で、典型的な分裂病の表情でした。自分が事故を起したことは自覚していました。ただし統合失調症の患者の場合、感情鈍磨といって自分の犯したことに対して罪悪感をあまり持たなくなります。だから事故のことも淡々と語っていました。K機長の場合、罪の感情がなくなるほど病状が進んでいたのです」(小田)