「濡れるのは当たり前」...東大講師をも虜にした伝説の踊り子が流す「しずく」の魅力
1960年代ストリップの世界で頂点に君臨した女性がいた。やさしさと厳しさを兼ねそろえ、どこか不幸さを感じさせながらも昭和の男社会を狂気的に魅了した伝説のストリッパー、“一条さゆり”。しかし栄華を極めたあと、生活保護を受けるまでに落ちぶれることとなる。川口生まれの平凡な少女が送った波乱万丈な人生。その背後にはどんな時代の流れがあったのか 【漫画】「だから童貞なんだよ」決死の覚悟の告白に女子高生が放った強烈な一言 「一条さゆり」という昭和が生んだ伝説の踊り子の生き様を記録した『踊る菩薩』(小倉孝保著)から、彼女の生涯と昭和の日本社会の“変化”を紐解いていく。 『踊る菩薩』連載第22回 『「なんぼでもいいから見てね」...伝説のストリッパーの「全身全霊の裸」に男たちが涙をこぼす“意外な理由”』より続く
東大講師が出会った「芸術」
先に紹介したとおり、一条を一躍、時代の寵児にしたのは東京大学講師の駒田である。彼は69(昭和44)年、『小説現代』で「艶笑すとりっぷ紀行」という連載を持っていた。編集長の大村彦次郎から、ストリップに関する随筆を書くよう依頼されたのだ。 ストリップに詳しくない駒田が、「僕はあまり見たことがない」と言うと、大村は「そのほうがいいのです」と返した。ストリップを見て回るだけで、読み物として成立するだろうか。そんな不安もあったが、駒田は「タダでストリップを見歩くのも悪くない」と思い、引き受けた。 まず、千葉県の浦安、船橋の劇場を回った。さほど刺激はない。そして、4回目の取材は10月30日、静岡県浜松市の繁華街にある劇場だった。駒田が暗い通路を行くと、その日3回目の公演は終わりに近かった。前列から2番目の席に座った。舞台に横たわっているのが一条だと知るのは、しばらく後だ。 駒田はすぐに、これまでに見た舞台とはまったく異質だと感じた。芸術だと思った。ストリップで感動したのは初めてである。
伝説の踊り子の「しずく」
過去3回の取材では、まったく心を動かされなかった彼を、一瞬にしてくぎ付けにしたのは、一条の代名詞ともなった「しずく」だった。駒田はこう表現している。 〈谷間に咲いている小百合の花弁のようなその2枚の扉を指で左右にあけて、薄桃色に光る花筒の中を窺かせた。しばらくして彼女は指をはなした。すると花弁はひとりでに閉じられていったが、そのとき、閉じようとする花弁のあいだから、一条の流れがするすると流れ出したのである。 私は息がつまった。感動にうたれたというよりほかはない。流れは糸を引くように後庭までつづき、しばらくのあいだは、つづいて溢れ出る泉が、その小川を流れつづけていくのが見えた〉 舞台上の一条から生み出されるこの愛の「しずく」が彼女の個性だった。その後、「しずく」「泉」「露」とさまざまに称されながら、その陰部から溢れ出る液体が一条の舞台を他とは決定的に違ったものにしていく。 駒田がインタビューで、「しずく」について直接聞くと、一条は「わたし、また出してしまったのかしら」と言った。マネージャーからは、あまりやりすぎると身体がもたないと注意されていたらしい。 小沢昭一もこの「しずく」を目の当たりにして、不思議な感覚にとらわれた。それこそが「彼女の性の深淵」であると考え、一条にこう問うている。 「一日何回ものステージで、どうして毎回キラリになるのか。まさか、病気じゃないでしょうし」 これに対して、一条は短く答えた。 「真剣にやれば、濡れるのは当たり前です」 『神秘的な「溢れ出る液体」…男の心を鷲掴みにする伝説の踊り子の「驚異的な秘芸」の“秘密”』へ続く
小倉 孝保(ノンフィクション作家)