「もうすぐ我が家に帰れる」…帰宅中のロシアの”英雄”ナワリヌイ氏に『あの悲劇』が起こるまで
飛行機までの道のり
時刻は6時1分。遅刻は嫌なのだが、決まって荷造り後に入れ忘れに気づく。椅子にベルトがかかったままだった。再びスーツケースを開けてベルトを放り込み、パンパンなのを悪戦苦闘しながら無理やり閉める、お馴染みの儀式が待っている。スーツケースに全体重をかけてファスナーを引っ張り、「お願いだから破裂しないでくれよ」と祈るように、押さえつけていた手を離す。 6時3分にホテルのロビーに降りていくと、すでに広報担当のキーラ・ヤルミシュ、アシスタントのイリヤ・パホモフが待っていた。イリヤが呼んでおいてくれたタクシーに乗り込み、空港に向かう。途中で運転手がガソリンスタンドに寄る。ふつうなら客を乗せていないときに給油するだろうから、少々奇異に映ったが、すぐに忘れてしまった。 空港では、ロシアのどこでも共通のくだらないルールが待っている。荷物を金属探知機に通さなければ、空港の建物に入ることもできないのだ。 2列に並び、2つのチェックポイントを通過する。この行列がなかなか進まない。自分の前の客がポケットの携帯電話を取り出し忘れて時間を食うのもお約束のパターンだ。探知機の警報音が鳴り響く。やれやれ、この男は腕時計を外していないじゃないか。今度は3度目の警報音だ。間抜けな客に悪態をつきたい気持ちをぐっとこらえながら、私もゲートをくぐる。案の定、警報音が鳴る。私も時計を外し忘れていた。「あ、すみません」。謝りながら後ろの客の顔を見る。10秒前の私と同じ気分であろうことは、目を見ればわかる。 こんな馬鹿げたことで、せっかくのいい気分までぶち壊しにしたくはない。もうすぐ我が家に帰れる。そうすれば今週の仕事はおしまい。家族と週末を過ごせる。気分は最高だ。 『「野次馬」の撮った動画が“決定的証拠”に...ロシア反体制指導者・ナワリヌイが厳重警備の空港で買った“紅茶”に入っていたまさかのもの』へ続く
アレクセイ・ナワリヌイ、斎藤 栄一郎
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