池崎大輔 日本のエースが語る車いすラグビーの醍醐味「激しさ、衝撃音、スピード感を味わってほしい」
握力ゼロでも機敏な動き
9月のパリパラリンピック「車いすラグビー」で、日本はついに悲願の金メダルを獲得した。その立て役者が、池崎大輔選手(46・三菱商事)である。 【画像】車いすラグビー池崎大輔 「握力ゼロ」の金メダル立役者 トライライン近くでの攻防戦。敵に囲まれるなか、横に移動するような小さな動きを見せた瞬間、池崎選手がバックしてトライ! いまや車いすラグビーで世界トップクラスと評価されている池崎選手だが、両手の握力は0(ゼロ)で、ハンドリム(車輪の外側についているリング)を握れない。試合で見せる機敏な動きどころか、どうやってラグ車(車いすラグビー用の車いす)を動かしているのかまったく不思議なのだ。 「握力は関係ないんですよ。中学のときに車いすの生活になり、スポーツは最初は車いすバスケで、その後、ラグビーに転向して、これまで31年間、車いす競技を続けていますから、自分なりの漕(こ)ぎ方やチェアスキルがあります。僕の場合、漕ぐときは手の平の付け根の部分で、叩くようにタイヤを動かします。止まるときは肘(ひじ)を押し付ける感じですね」 ハンドリムを握れないのは池崎選手に限ったことではない。車いすバスケとは異なり、車いすラグビーは上肢(手指・腕)と下肢(腿より下)に障がいがあるというのが選手の条件で、体幹の機能すらほとんどない選手もいる。 選手にはそれぞれ障がいの程度によって0.5刻みの点数がつけられている。障がいの最も軽い選手は3.5で、最も重い選手は0.5。池崎選手は3.0である。試合は4対4で行われるが、4人の持ち点の合計が8点以下になるようにチームを編成する。池崎選手のような障がいの軽い3.0~3.5の選手はハイポインターと呼ばれ、主に攻撃が中心。障がいの重い0.5~1.5の選手はローポインターと呼ばれ守備をメインに受け持つ、というのがこの競技の基本的なスタイルだ。 「試合ではハイポインターが注目を浴びがちですが、障がいの軽い選手も重い選手も全員がコートに立って自分の役割をしっかりプレーできる仕組みもこの競技の魅力の一つです」 パリパラリンピックで悲願の金メダルを獲得した日本だが、これまでのパラリンピックでは準決勝は鬼門となっていた。’21年の東京でも日本は金メダル候補と言われていたが、準決勝でイギリスに惜敗。’12年のロンドン、’16年のリオでも準決勝で敗退し、パリでもオーストラリアとの準決勝はまさに紙一重の死闘だった。 最終ピリオドの残り14秒、47―47の同点でボールはオーストラリアにあった。オーストラリアにパス一つ通されてしまえばトライされ、わずかな残り時間ではもう日本に勝ち目はない。しかもボールを持っているのはオーストラリアの絶対的エース、ライリー・バット選手だった。 しかし、池崎選手がバット選手に猛烈なタックルをし、バット選手が苦し紛れに出したパスを池透暢(いけゆきのぶ)選手(44)がカット。そのまま同点で延長戦に持ち込み、日本が52―51の僅差で勝利したのである。 「また準決勝で負けてしまう」と誰もが思ったその場面に関し、池崎選手は、 「負ける、なんてまったく考えていませんでした。そもそも勝つとか負けるとか、そういう感情はないんです。池が必死に手を伸ばしたらボールが手に当たった。一歩間違えたらファウルを取られてしまうかもしれない場面でしたが、アグレッシブなディフェンスをしなければボールは奪えない。今まで自分たちがやってきたことはしっかり身体に染みついていますから、感情の乱れなくそれをコートで出せたその結果、金メダルという目標を達成できたということだと思います」 ◆「落ち込んだことはない」 この場面ではローポインターの動きも素晴らしく、草場龍治選手(23)はオーストラリアのクリストファー・ボンド選手の動きを封じ込めている。 「車いすラグビーを観戦する場合、どうしてもボールのあるところに目が行きますが、ローポインターのディフェンスや駆け引きも見どころの一つです。もちろん、車いすラグビーは、車いす同士がぶつかり合える唯一の車いす競技ですから、目で見てわかる激しさ、衝撃音は最大の魅力です。また、スピード感のある競技ですし、初めて観戦する人にも楽しんでもらえると思います」 池崎選手はシャルコー・マリー・トゥース病という手足の筋力が徐々に低下する神経の難病のため、中学3年生のときに車いす生活になった。中学生から車いす生活というハンデを背負ったことをどう思っているのか? 「高校生になると、不自由さを感じることはありましたが、落ち込んだり、辛く苦しい思いは僕にはまったくありませんでしたね。それは小さい頃から仲間に恵まれていたからだと思います。筋力が落ちていくので、歩くのが遅いし走るのも遅い。でもサッカーも野球もみんなと一緒にやってました。握力がないので、野球で打つときはバットがすっぽ抜けて飛んでいってしまうから、みんなちょっと離れたところで守っていてくれて。そんな風に何気なく気遣ってくれる仲間がいたので、自分が特別障がいがあると思うことはなかったです。 バリアっていうのは、車いすに乗っている人でも乗っていない人でも、健常者でも障がい者でも、誰にでもあることじゃないですか。あらゆることに恵まれている環境にいたら、何の努力もしない、工夫もせず考えもしないってことになってしまうので、僕はバリアはあっていいと思うし、考え工夫し努力していくことで、強くなることが必要かなと思っています」 最後に、池崎選手に今後の夢を聞いた。 「もちろん次のロスでも金メダルを獲りたい。そして、皆さんに車いすラグビーを楽しんでもらえるよう、いずれはチームが練習できて、ファンの方々が気軽に競技を観戦できたり、選手と交流できる、そんな風通しのよい体育館を作りたいですね」 『FRIDAY』2024年11月15日号より
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