水原希子「失ったと思っていたものが実は違った」滝行で蘇った、距離を感じていた母との記憶
近年は、映画「あのこは貴族」や「アネット」、Netflixドラマ「彼女」などの話題作に出演し、コスメブランド「キークス(kiiks)」をローンチするなど、幅広いジャンルで活躍する水原希子さん。最新出演作となる映画「徒花-ADABANA-」では、井浦新さん演じる主人公・新次の心理状態をケアする臨床心理士・まほろを演じている。国家により“ある最新技術”を用いた延命治療が推進された近未来が舞台の本作。撮影秘話や演じた役柄について、さらに最近体験した不思議な体験などを水原さんに語ってもらった。 【写真】水原希子さんの最新撮り下ろしカット多数 ■「井浦新さんの言葉に救われましたし、天使のような方だなと思いました」 ――本作のオファーを受けた時はどんな心境でしたか。 【水原希子】本作の監督を務めた甲斐(さやか)さんは、あまりほかでは観たことのない世界観を撮られる方なので、お話をいただいた時は“甲斐さんが作る世界に入れるんだ!”と思ってすごくうれしかったです。あと、(井浦)新さんはいつか共演してみたい俳優の一人だったので、ご一緒できると知って撮影がとても楽しみでした。 ――臨床心理士という役柄を演じるにあたりどのような準備をされましたか。 【水原希子】監督から臨床心理士の方を紹介していただいて、まずはカウンセリングを3回ほど受けてみました。ちょうど相談したいこともありましたし、とてもいい体験になったと思います。 ただ、私が演じたまほろは病院に勤める臨床心理士で、紹介していただいた方はセラピストだったので、病院勤めの臨床心理士の方のお話が聞きたいと思ってYouTubeで探してみたんです。そしたら気になる方を見つけて、直接コンタクトを取ってみたところ会えることになって。 ――ものすごい行動力ですね! 【水原希子】どうしても役を理解したかったので、行動せずにはいられませんでした。その臨床心理士の方は大きな病院に勤めてらっしゃって、毎日のように患者さんの様子を観察して記録に残しているらしいのですが、そのうちに担当する患者さんが実験対象に見えてくると、そんなふうに言っていました。 それを聞いて臨床心理士という仕事は“人との距離感や心持ちが大事なんだな”と思いましたし、すごく興味を惹かれました。おかげで新さん演じる新次との会話中のまほろのセリフの意図が理解できたのでよかったです。常に臨床心理士の方の言葉を参考にしながら演じていました。 ――監督は、まほろに関して「アイデンティティの不確かさに苦しみながら成長していく難しい役」とコメントされていました。水原さんの中でどんな部分が難しかったですか。 【水原希子】演じていて難しいと感じたのは、新次との距離感です。新次はこの病院にとってすごく必要な存在で、それを彼自身もわかっているからなのか、最初のほうに病室でまほろがカウンセリングをするシーンでは、新次から邪険に扱われたりするんです。そういう、なかなか一筋縄ではいかないような新次との距離感がすごく難しくて、悩みながら演じていました。 ――井浦さんとの撮影で印象に残っていることを教えていただけますか。 【水原希子】まほろに関する“ある重要なシーン”を撮る日の朝、現場でナーバスになっていたら、新さんが「今はすごく不安だと思うし、クリアしなきゃいけないことがたくさんあるかもしれないけれど、それは考えなくていいから大丈夫だよ」と言ってくださったんです。 さらに「このシーンについて希子ちゃんが考えてきたことをただやればよくて、例えば台本のト書きにない感情になったり、ト書きに書かれていることができなかったりしてもまったく問題ないからね」という言葉もくださって。その瞬間に抱えていたストレスやプレッシャーが消えて自由になれたので、本当にありがたかったです。 ――その重要なシーンとは、新次が出ていないシーンのことではありませんか? 【水原希子】そうなんです。あのシーンの撮影時、新さんは先に帰られたと思っていたのですが、実は現場でモニターを見ていたらしく、カットがかかった後に側に来て「今のシーンがちゃんと撮れたからこの映画は大丈夫だね」と声をかけてくださったんです。その言葉に救われましたし、天使のような方だなと思いました。 ■熊野古道での滝行で「母の愛が伝わり安心感に包まれていた記憶が蘇った」 ――本作に登場する延命治療のために必要な「それ」という存在の純粋さに触れて、「これまでに自分が失ったものは何なのか」と考えてしまいました。水原さんは本作をとおして「失ったもの」についてどんなことを思いましたか。 【水原希子】本作をとおして感じたことではないのですが、最近“失ったと思っていたものが、実は失ってなかった”と思えるような体験をしたので、そのお話をしてもいいですか? ――もちろんです。お聞かせいただけますか。 【水原希子】私は12歳ぐらいからお仕事を始めて、16歳で上京したので一人で生きてきた時間が長いんですね。それで、母親はこちらから相談事をすればちゃんと向き合って話を聞いてくれるのですが、普段はあまり干渉しないタイプなので、心のどこかで“私のことをそこまで大切に思ってないんじゃないか…”と、少し孤独だったというか、距離を感じていました。 ところがある日、友人と一緒に熊野古道に行って滝行をしたら、子どものころに母が子守唄を歌ってくれていたことを思い出したんです。 ――それは滝行をするまで失っていた記憶だったのでしょうか? 【水原希子】完全に忘れていました。スピリチュアルな話になってしまって申し訳ないのですが、仏教徒の母が子守唄として歌ってくれていたのは不動明王のお経で、それを子どものころにベッドの中で聞いていた私は“温かくて気持ちいいな”と、母の愛が伝わり安心感に包まれていたと思うんです。 その記憶がふと蘇ってきた瞬間に、確信が持てなかった母の愛情を信じることができて、母との距離がより近くなりました。本当に不思議な体験でしたし、失ってしまった記憶は探せばちゃんと戻ってくるんだと実感しました。 ――熊野古道での滝行にチャレンジしてみたくなりました。 【水原希子】ぜひチャレンジしてみてください。冬は寒いので夏場に行くといいかもしれませんね。 ■水原希子が語るレオス・カラックス監督との思い出 ――話は変わりますが、個人的に大好きなのがレオス・カラックス監督の作品で、水原さんは彼が撮った「アネット」に出演してらっしゃいます。どのような経緯で出演に至ったのでしょうか。 【水原希子】「アネット」は、「日本人女性の俳優を探している」とレオス監督から相談された坂本龍一さんが私のことを推薦してくださったことが出演のきっかけでした。ただ、レオス監督は「歌が歌える子がいい」と仰ったそうなのですが、私はお芝居で歌ったことがなかったので、声をかけていただいて光栄だなと思う反面、不安な気持ちを抱えたままオーディションに挑みました。 ――どのようなオーディションだったのでしょうか。 【水原希子】歌っているところの映像を撮って送るというビデオオーディションを受けて、監督からOKが出て出演が決まりました。その後ベルギーのブリュッセルまで行き、大きなスタジオで共演者の5人の俳優さんと一緒に3日間歌の練習をさせていただいたんです。出演時間の短い役なのにすごく贅沢だなと思ったのを覚えています。 ――貴重なお話をありがとうございます!撮影はいかがでしたか。 【水原希子】カメラが回っている時のレオス監督は、歌っている私のすぐそばで演出されていたので驚きました。常に俳優に近い場所にいらっしゃるので、カメラマンさんはレオス監督が映り込まないように撮っていたのですが、私にとってそういう現場は初めてだったので新鮮でした。 それ以来、“こうしなきゃいけない”という固定観念がなくなって、自由に演じられるようになったのは大きかったです。そういう意味では「ノルウェイの森」のトラン・アン・ユン監督の現場も自由というか、すごく独特な空気だったのを覚えています。 ――「ノルウェイの森」は水原さんの俳優デビュー作ですね。どのような現場だったのでしょうか。 【水原希子】監督が「画面の背景に映る場所に置きたいコップがないから今日は撮影は終わり!」みたいな感じでその日の撮影が終わってしまって、“え!大丈夫なの?”と驚いたことがあります。ただ、当時は右も左もわからない新人だったからあまり気にならなかったのですが、スタッフさんは相当焦っていたのではないかなと(笑)。 あと、トラン監督は撮影前に好きな映画のお話をしてくださることもありましたし、本読みという名の交流会を行ったりもしていました。同じように、レオス監督の現場も超カジュアルでおもしろかったですよ。 ――ピリピリした空気は一切なく? 【水原希子】なかったです。「アネット」の現場にマリオン・コティヤールさんがお子さんを連れてきていたのですが、お子さんがその辺を走り回っていても誰も気にしていなかったです(笑)。 今回の甲斐さんの現場もそういう感じでアットホームな空気が流れていて、カットがかかると監督がこちらに走ってきてハグしてくれるなんてこともありました。現場で監督がそういう空気を作ってくださると私も自由に演じられるので、すごく助かりました。 ――今後ご一緒してみたい監督や演じてみたい役はありますか。 【水原希子】関西弁の役に挑戦してみたいです。ご一緒してみたいのは「WE ARE LITTLE ZOMBIES」の長久允監督。以前、監督が手がけた「FM999 999WOMEN'S SONGS」というドラマにゲスト出演したことがあるのですが、いつかまた監督とがっつりご一緒できたらいいなと。あと、海外の作品の現場をもっと経験したいので、オーディションを受けてどんどんチャレンジしてみたいです。 取材・文=奥村百恵 ◆ヘアメイク:池田奈穂 (C) 2024「徒花-ADABANA-」製作委員会