祖母のハイカラな洋食が好きだった幼少期。結婚して気づいた、家庭料理ばかりだった母の愛情
◆頭のないエノキとボコボコのリンゴ 祖父が亡くなって、祖母が働きに出るようになり、母、叔父、叔母のきょうだいは、それぞれ別々の親戚の家にしばらく預けられていたそうだ。忙しい祖母とはたまにしか会えなかったという。 祖母から料理を学ぶ時間のなかった自身の苦い経験から、母は私が小さい頃からよく料理の手伝いをさせた。おでんの出汁は、鶏の皮からとる。余分な脂を濾して作るのだが、そのキッチンペーパーを持つ係が私だ。 けれど私は、お米のおかずにならないおでんに一切興味がなかったから、キッチンペーパーがちぎれて土鍋に沈もうがお構いなし。お味噌汁の出汁をとる時だって、硬い鰹節を削り器で削るのだと教わりながら、私はテレビに夢中。作業はすぐに兄にバトンタッチされた。どんなに優秀な教師がいても、生徒にやる気がなければどうしようもないのである。 母の努力もむなしく、いっさい料理をすることなく大学生となった私は、ある日友人たちと鍋パーティをすることになった。私は野菜を切る担当を任されたが、いざ食べようとなったその時……ある男子が、鍋の中から頭のないエノキの胴体の塊を発見しこう言った。「お前、料理したことないだろ」。私も、確かにわが家の鍋にはこんな状態のエノキは入ってなかったな、と思うのである。 そんな出来事を家に帰って両親に話した。台所で夕食後のデザートにリンゴを剥きながら聞いていた母が、おもむろにリンゴと包丁を私に渡すと「剥いてみな」と言う。もちろんうまく剥けるわけがない。 ところどころ皮が残ったボコボコのリンゴ。普段から娘に甘い父は、リンゴの姿かたちのことは一切口にせず、「まりちゃんが剥いてくれたんだ!」とむしろ嬉しそうである。
が、一口食べて「……まりちゃん、芯をもう少しカットしたほうがおいしいと思うよ」。そして父は、おそろしい一言を口にしたのである。「お母さん、ちゃんと料理を教えてあげなきゃ!」。 地雷を踏むとはまさにこのことである。母はみるみるうちに鬼の形相となり、「私は教えていたのに、この子が覚えなかっただけでしょ!」。私もまったく母に同感である。 結局、私が料理にちゃんと取り組んだのは、結婚して子どもが生まれてから。夫はあの「頭のないエノキ」に呆れた、例の友人だ。私が仕事で忙しいので、食卓に本格的な洋食や丁寧に出汁をとったおでんが並ぶことはない。 でも、半額になったデパ地下のお弁当や、レンジでチンすればOKの冷凍食品の隣には、必ず「緑の小皿」を添えるようにしている。ほうれん草のお浸しも、最初は母のように絶妙な茹で具合を探るのに苦戦した。けれど今では、母が出したことのないワカメの酢の物だって作れるようになった。夫の大好物だからだ。 大学生の娘は言う。「母さんの料理、おいしいよね。私も料理できるようになるのかな?」。すると夫は笑う。「大丈夫、母さんだって昔はエノキを真っ二つにしていたんだから」と。 いつか私も娘に伝えなければと思う。母さんのこだわりは、この「緑の小皿」なんだよ。料理は腕前じゃない、「愛」なんだよ、と。
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