『虎に翼』寅子が後輩の女性にかけた「優しい言葉」は「優三の言葉」と重なっていた
8月30日(金)第110回:優三の言葉を思い出させる寅子のセリフ
いざというとき「おなかぎゅるぎゅる」になってしまう優未の体質によって、マージャン勝負はお預けに。だが、図らずもそこでのどかの本音が顔を覗かせる。 「私の知っているお父さんは仕事第一で家族との付き合いが下手な人なの。お祭りも海も行かないし、入学式の写真で子供と手を繋いだり、散歩に誘ったりしない!」 水曜日の第108回で、産休に入る秋山の待遇について、のどかは「最初から期待しなかったら、傷つかなくて済むというのはあるかもしれないわ」と発言している。 うちのお父さんは家族との付き合いが下手な人なのだ、そう最初から期待せずにいれば傷つかなくて済んだのに、寅子と優未のせいで「そうじゃないお父さん」がいることを知ってしまった。 月曜日の第106回で、のどかが「子供っぽい」にこだわっていたのは、満たされなかった子供時代の裏返し。「思えば私は、心ゆくまで子供をやらせてもらえた」と寅子が言うように、のどかに必要なのは、積極的に家族と関わろうとしてくれる航一との、子供時代のやり直しなのかもしれない。 ここで、いつものように寅子が前に出て溝を埋めようとするのではなく、「まずは星家の問題を解決してください」として、“家族のようなもの”をいったん解散する展開が新鮮だ。 ずっと蓋をしてきた家族の問題と向き合う責任は航一にある。寅子の魔法に頼るのではなく、まず航一自身が一歩を踏み出し、次の一歩へと繋げなければいけないのだ。 また、百合が「ときどきは褒められたいの」と漏らしたのも重要な場面だ。 彼女は、「みんなが遊んでいるところを見るのが好き」「家族を支えることが私の誇り」と語るように、家族のためのケア労働を「やりたくてやっている」女性である。 だからと言って、それを当たり前のように甘受していいわけではない。お給料という目に見える対価がない分、感謝や承認を受け取ることで、やっと報われることもあるだろう。 寅子のようには生きられない/生きるつもりのない、猪爪花江(森田望智)や百合のような女性の主体性や尊厳も忘れずに描く本作の姿勢は、一貫している。 「私が一番期待しているのは、秋山さんがやりたいことを選択して進んでいくこと。赤ちゃんを産んだ後、裁判官の仕事に魅力を感じなくなったり、お母さんに専念したくなったりするならば、それはそれでいいの。ただ、あなたの居場所はここにちゃんとある。その選択肢があるって、覚えていてほしい。それだけなのよ」 寅子が秋山に語りかけるセリフは、かつて佐田優三(仲野太賀)が寅子にかけた言葉のリフレインだ。 人は、自分がかけて欲しかった言葉を、自分がして欲しかったことを、次の世代に返してあげることができる。今から自分の人生をやり直すことはできないが、別の誰かに思いを繋げることはできる。 寅子も、小橋も、航一も、そしてのどかも、自分ができなかったこと、してもらえなかったことを、これからは返していく番なのかもしれない。それが、結果的に自分の人生を取り戻すことにもなるのではないだろうか。
福田 フクスケ(編集者・ライター)