<インド>一瞬の静寂 ── 高橋邦典フォト・ジャーナル
大商業都市ムンバイにあるカラゴダ地区。英国占領時代の建物の並ぶこの一角を、ある日の午後、カメラ片手にぶらついた。日が沈み、空が群青色に染まる頃、ピンクのドレスがショーウィンドウの中から鮮やかに浮かびあがる。写欲をそそられた僕は、店の前に立ち、この光景にマッチしそうな通行人を待つことにした。10分ほど経ったろうか、一人の若いおしゃれな女性が足早に歩いてくる。ピンクのスカーフを肩にかけた彼女は、手にしたこれもまたピンクの携帯に見入っている。これ以上はないというほどのベストマッチではないか。シャッターを押す直前、幸運なことに、それまで賑わっていた店の前の人通りがふと途絶えた。ほんの一瞬、静寂が訪れたような気がした。 (2014年10月) ---------------- 高橋邦典 フォトジャーナリスト 宮城県仙台市生まれ。1990年に渡米。米新聞社でフォトグラファーとして勤務後、2009年よりフリーランスとしてインドに拠点を移す。アフガニスタン、イラク、リベリア、リビアなどの紛争地を取材。著書に「ぼくの見た戦争_2003年イラク」、「『あの日』のこと」(いずれもポプラ社)、「フレームズ・オブ・ライフ」(長崎出版)などがある。ワールド・プレス・フォト、POYiをはじめとして、受賞多数。 Copyright (C) Kuni Takahashi. All Rights Reserved.