欧米「中国包囲網もろい結束」過剰生産を巡る不都合な真実
中国の過剰生産能力問題が通商を巡る欧米との新たな火種となっている。しかし、中国からの制裁やビジネスへの影響を恐れて、対中強硬姿勢には米国や欧州内でも温度差があり、「中国包囲網」にほころびの兆候も出ている。みずほリサーチ&テクノロジーズ・チーフエコノミストの太田智之さんの分析です。【毎日新聞経済プレミア】 かねて、中国製品の流入による企業や雇用への影響を懸念していた米国のバイデン政権は5月14日、電気自動車(EV)、半導体、医療用製品、鉄鋼などの中国製品に対する関税の大幅引き上げを発表した。中国製EVの関税率については現状の4倍となる100%に引き上げた。 その中国製EVに関しては、欧州でも域内での市場の侵食ぶりを懸念する意見は多く、欧州連合(EU)の執行機関の欧州委員会は中国の不当な補助金が競争を阻害していないか調査を進めている。この春には、脱炭素関連分野でも中国の過剰生産能力が国際市場の価格をゆがめている可能性があるとして、新たに太陽電池や風力タービンなどを調査対象に追加した。 こうした中国に対する欧米の懸念を反映する形で、5月23~25日にイタリア北部ストレーザで開催された主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議の共同声明では、過剰生産能力につながる非市場的と呼ばれる政策を活用している国として中国を名指しで批判。過剰生産能力の潜在的な悪影響を監視するとともに、世界貿易機関(WTO)の原則に沿って、公平な競争条件を確保するための措置を講じると明記した。 「過剰生産能力問題で『反対の壁』が立ちはだかっていると中国に認識させることが重要だ」。G7会合前のインタビューでこう発言したイエレン米財務長官。ひとまず、米国主導の対中包囲網形成に成功した格好だ。 ◇「もろい結束」中国包囲網にほころびの兆候も ここで「ひとまず」とつけたのは、G7による中国包囲網に既にほころびの兆しがみられるからだ。事実、米国同様、中国製EVへの制裁関税を視野に入れる欧州だが、EU加盟国間の対中強硬姿勢には温度差がみられる。 G7ホスト国であるイタリアのジョルジェッティ経済財務相は、閉会後の記者会見で、中国の過剰生産問題への対処を巡り「さまざまな見解があることは否定できない」と、加盟国間で意見の相違があることを率直に認めた。 さらに「EUが制裁措置を講じた場合、中国による報復も考慮する必要がある」と言及し、自らが制裁措置に慎重な立場であることをにじませた。実際、自動車や高級服飾品など中国ビジネスの割合が大きい業界では、中国に対する制裁への反対意見が多いとされている。 また米国が講じた関税引き上げ措置については、米国と同じく中国の過剰生産能力を懸念する立場であるはずの国際通貨基金(IMF)からも疑問の声が上がっている。 IMFのコザック報道官はバイデン大統領が発表した貿易制限に関連し、米国の経済パフォーマンスに不可欠であった開放的な貿易政策を維持することが、米国にとってより有益というのが我々の見方だと指摘。米中の貿易摩擦が貿易と投資をゆがめ、サプライチェーン(供給網)を分断し、報復措置を引き起こす可能性があると警鐘を鳴らしている。 ◇中国の反論に一理か 当然ながら、中国も西側諸国による過剰生産能力との指摘に対しては、根拠のない言いがかりと公然と反論している。中国が西側の指摘に反論すること自体は珍しいことではない。しかし、今回は控えめに見ても中国の言い分に理がありそうだ。 中国は、過剰生産との指摘に対し、国内需要以上の生産能力があるという理由だけで過剰生産のレッテルを貼るのはおかしいと主張している。輸出競争力がある製品については、国内需要以上の生産力があるのはごく普通のことで、生産と需要はグローバルでみるべきだとの指摘だ。その例として、旅客機市場における米国のボーイングと欧州のエアバスによる寡占を指摘するあたり、見事な反論というしかない。 またダンピング批判についても、ダンピングとは海外向け製品を国内向け製品よりも安く設定することだが、今回標的となったEVや新エネルギー機器は中国の技術的な優位性、いいかえれば生産性の改善が価格引き下げにつながったとして、ダンピングには当たらないとの立場を強調。それどころか、むしろ中国が良質な商品を安価に提供することで、世界の環境対策を後押しし、カーボンニュートラル(CN)の達成に貢献しているとまで言い切った。 もちろん読者の中には、EVや電池、半導体への補助金を問題視する意見もあるだろう。しかし、米国や欧州も経済安全保障という名のもとに、新エネルギーを含む成長分野に政府が巨額の資金を投入していることに変わりはない。中国がダメで、欧米はいいという理屈は、やはり分が悪いと言わざるを得ない。 ◇米中対立のはざまで日本に求められる「したたかさ」 米国も分の悪さを認識してというわけではないだろうが、見かけの対中強硬姿勢に比べ、追加関税の影響は年間180億ドル(約2兆8000億円)と象徴的な印象が拭えない(トランプ関税は3500億ドル相当)。経済的懸念もさることながら、大統領選挙の行方を左右する激戦州、とりわけ製造業の存在感が大きい中西部を意識した選挙対策の意味合いが強いからだろう。 では、米中対立のはざまで日本はどう行動すべきか。共同声明に加わってはいるものの、欧米に比べて中国の過剰生産能力を懸念する声は今のところ少ない。 包括的及び先進的な環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)の創設を主導するなど、自由貿易の旗手としての良識が一因としてあげられる。 また地理的な近さゆえに、両国は経済的な結びつきが強く、より慎重な対応が求められることも影響しているかもしれない。ただ加えて、新成長分野で欧米と互角に対峙(たいじ)するまでに存在感を高めた中国に太刀打ちできないと、どこかあきらめの気持ちもあるのではないだろうか。 日本が中国と対等な立場で意見し合うためには、小粒ながらも中国にとって経済的に必要不可欠な存在であることを示す必要がある。それは中国に限らず、欧米やグローバルサウスと呼ばれる新興国とのかかわりでも同様だ。 昨今、ちまたで評判の悪い円安は、本来、日本の産業競争力を高める効果があるとされてきた。もちろん過度で急速な円安は副作用が大きい面はあるが、円安のメリットを享受できなくなっていることを日本はもっと真摯(しんし)に考えるべきだろう。 円安を追い風に日本の魅力をいかに高めるか。今、日本に求められるのは、米中対立のはざまで産業競争力の再強化を図る「したたかさ」と、それを成し遂げる「強い意志」なのかもしれない。 ◇ ◇ <連載「太田智之の『ホンマ』の経済」は、関西生まれ関西育ちのエコノミストの太田さんが、世界経済の今をさまざまな角度から本音で解説します。原則として月1回の掲載です>