なりすましの偽造パスポートは「中国語でありえない発音表記」「外国籍なのに和暦」...渋谷富ヶ谷の6.5億不動産詐欺を招いた弁護士の単純すぎるミスは「不注意」か「確信犯」か
今Netflixで話題の「地面師」...地主一家全員の死も珍しくなかった終戦直後、土地所有者になりすまし土地を売る彼らは、書類が焼失し役人の数も圧倒的に足りない主要都市を舞台に暗躍し始めた。そして80年がたった今では、さらに洗練された手口で次々と犯行を重ね、警察組織や不動産業界を翻弄している。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ」…性的虐待を受けた女性の「すべてが壊れた日」 そのNetflix「地面師たち」の主要な参考文献となったのが、ノンフィクション作家・森功氏の著書『地面師』だ。小説とは違う、すべて本当にあった話で構成されるノンフィクションだけに、その内容はリアルで緊張感に満ちている。 同書より、時にドラマより恐ろしい、本物の地面師たちの最新手口をお届けしよう。 『地面師』連載第43回 『「不動産詐欺」で騙し取られた“6億円”の行方はまさかの…「カネの流れ」を通じて暴かれた「地面師」グループ同士の“繋がり”』より続く
地道が仕掛けた、二つの訴訟
「事件では諸永はほとんど顔を出さず、事務員の吉永が窓口としていろいろ画策してきました。だから吉永は刑事事件で訴えていますが、民事では提訴していません。逆に民事では弁護士の諸永に損害賠償を請求しています。したがって民事訴訟の対象は、あくまで法律事務所の所長である諸永弁護士ということになるのです」 被害者の不動産業者、地道建造はそう訴えた。刑事告訴は、地面師たちを許せないので罰してほしいという感情的な側面もある。一方、民事裁判はあくまでビジネス上の損害を取り戻す目的だ。 地道は2016年1月12日付で第2東京弁護士会所属の弁護士、諸永芳春と取引にかかわった司法書士の2人を相手取り、東京地方裁判所に民事提訴した。請求額「6億4800万円」、その訴状には、「原告の損害」として次のように記されている。 〈本件土地の所有名義人は呉如増であるところ、被告諸永弁護士は、平成27(15)年9月7日、この売買契約の締結にあたり、被告は、登記名義人である呉如増とは面識がなく、(合)オンライフと登記名義人との契約関係の詳細を知る立場にはなかったにもかかわらず、その登記名義人である呉如増と面識があり自らのみならず自らの法律事務所の事務職員も面識のあるとの虚偽の事実を明記した東京法務局渋谷出張所宛の本人確認情報の書面(甲7)を作成し、その書面に登記名義人名義の偽造旅券及び公証人の認証を受けさせた偽造の被告諸永弁護士宛委任状及び呉如増なる者のスナップ写真を添付して、被告諸永弁護士の事務職員を介して、原告の本件土地の転売先(中略)が委任した被告横田(文吉)司法書士に交付した〉 繰り返すまでもなく、オンライフは呉の代理人を自称する山口と一体化したペーパーカンパニーであり、いったん土地の所有権を移して地道らに転売する役割を担った。事件発覚後、そのオンライフの社長が行方不明になり、地道たちは連絡を取れなくなっている。 訴状の表現を要約すれば、弁護士の諸永や元弁護士の事務員吉永は、地主の呉と一面識もなかった。にもかかわらず、何度も会ってきたかのような嘘をつき、本人確認の書類を作成した。また事務員の吉永を介し、ニセの呉が作成した偽造パスポートや公証役場で交付された公正証書、スナップ写真を使って司法書士に持ち込み、取引を進めた。それらの行為はこれまで見てきたとおりである。 訴状にある(甲)や(乙)という記述は、証拠書類の区分けだ。地道側の作成した訴状では、台湾華僑である呉のパスポートの偽造について、弁護士として気づかなかったはずがない、と以下のような指摘もある。 〈中国政府発行の旅券記載の氏名表記のうち「如増」が中国語の発音では在り得ない「nyozo」となっていて、それが偽造の旅券であること(中国語の発音は、如=ru、増=zeng)、ならびに、登記名義人の印鑑証明書(甲11)の住所記載が不完全である(住所の記載の末尾に「号」の文字が付記されていない。)うえ、日本では外国籍の者の生年月日が西暦で表示されることになっていることからすると、それが偽造文書であることが一見して明白であることを知り、又は、職務上必要な知識経験をもってすれば容易に知り得べきであったのに、これに気付かないかのように装って、上記委任状について公証人の認証を求め、登記名義人から(合)オンライフに対する所有権移転について公証人の認証を求め、登記名義人から(合)オンライフに対する所有権移転の登記申請(甲11)につき、登記権利者登記義務者双方の代理人として以上の偽造書面を行使した〉
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