【高校野球ベストシーン’23・和歌山編】日本中を衝撃が走った!高野山が智辯和歌山を初戦で撃破
2023年もあとわずか。ことしも高校球界ではさまざまな印象的な出来事があった。各都道府県ごとにベストシーンを思い出してみよう。 【動画】阿部慎之助を育てた名伯楽が牽引!高野山に密着 【選手権和歌山県大会2回戦・高野山vs.智辯和歌山】 この夏一番の「衝撃」だったかもしれない。甲子園で春夏通算4度の優勝を誇る智辯和歌山が、22年ぶりに夏初戦敗退を喫した。全国高校野球選手権和歌山大会2回戦、7月15日の出来事だった。 第1回大会から出場している創部110年を誇る高野山が「ジャイアントキリング」を成し遂げた。その「快挙」をもう1度振り返ってみたい。試合の流れとしては、智辯和歌山が初回に1点を先制し、5回にも1点を加えた。しかし7回に高野山が3点を奪って逆転。9回にも1点を追加して、4対2で逃げ切った。 高野山はどうして「ジャイアントキリング」を起こせたのか。4つのポイントがあったと見ている。1つ目は、先発、酒井 爽投手(2年)の好投、2つ目は高野山の鍛え抜かれた攻守、3つ目は自然現象。最後は「ラッキーボーイ」の存在。その4つの要素がうまくからみあって、格上のチームを倒すことができた。 先発の酒井は、真正面から立ち向かった。130キロ前後の直球に、スライダー、カーブを主体に打たせて取るタイプだが、強打の智辯和歌山打線相手に「逃げ」の投球をしていない。右、左打者ともにしっかり内角を攻め、ファウルを打たせてカウントを取り、外角球で勝負した。初回に犠飛で1点を取られたが、4回まで無安打に抑えた。5回に初安打を許すも7回2死までは1安打。最初から最後まで内角を攻めることをやめず、智辯和歌山打線に立ち向かったのだ。 メンタル面でも負けていなかった。カウント3-0からでも、大きなカーブでストライクを奪うシーンもあった。変化球のコントロールには、よほどの自信があったに違いない。3対2と逆転した直後の7回裏。先頭打者の4番の青山 達史外野手(3年)に対しても、内角直球でストライクを取る。その後、スライダーが甘く入り、左翼左の場外へと消える「大ファウル」を見せられたが、結局最後は外角のスライダーで三振を奪った。抑えないといけない勝負どころで、強気の姿勢をさらに強めていた。終わってみれば、失点は犠飛と自らの暴投で失った2点。適時打は許さず、わずか4安打に抑えた。智辯和歌山は完全に酒井の術中にはまった。 高野山は7回に3点を奪って逆転に成功しているが、適時打は1本だけで、あとの2点は押し出しの四球と死球だった。智辯和歌山の投手陣の「自滅」ではあるが、それを引き出したのは、6回まで相手バッテリーに見せてきた攻撃力だった。大振りするのは中軸だけ。それ以外の選手は確実にミートに徹し逆方向を狙っていた。送りバントがファウルになっても、エンドランに切り替えてチャンスを広げる攻撃も見せていた。得点には結びつかなかったが、相手バッテリーにプレッシャーをかけていたのは間違いなかった。7回に1点を返してなおも一、三塁と攻め立てた場面。ファウルになったが初球スクイズも敢行した。何をしてくるか分からない。意識過剰になった投手が、制球力を乱すのは当然だった。 守備でも鍛え抜かれていたことが分かるシーンがあった。4回に1死一、三塁とピンチを背負った。ここで酒井が「偽投」して走者を刺そうとした。酒井は一塁に「偽投」した瞬間、身軽に180度回転して三塁へ投げた。三塁走者は頭から返ってギリギリセーフになっている。サインプレーと思われるが、練習を積んできた証拠だ。 その後の一ゴロで、併殺を完成させてピンチを乗り切った。ここでも感心させられた。二塁からの送球で一塁ベースカバーに入ったのは、一塁手でもなければ投手でもなかった。二塁手だった。やや前進守備だったとはいえ、一番近くにいた浅田 崇人内野手(2年)が臨機応変に一塁に入った。鍛え抜かれた守備でなければ併殺は完成せず、追加点を許していた。 気象条件も微妙に影響した可能性はある。この日は「強風」が吹いていた。センターポールに掲げられた日の丸が一時、外れかかっていたほどだった。マウンドに置かれたロジンも飛ぶこともあった。乾燥した夏の土のグラウンドで投手、打者、捕手がタイムをかけるシーンが多く見られた。高野山が逆転した7回の攻撃中は、特になぜか風が強かった。風の影響からか、球場の警報機も誤作動してプレーが中断したこともあった。智辯和歌山の投手にとっては不運な風だったかもしれない。しかし、高野山の酒井は、最初から最後まで、あまり自らタイムを要求することがなかった。それだけ投球に集中できていたのだろう。 こういう「ジャイアントキリング」にはありがちな、「ラッキーボーイ」も、やはりいた。高野山の背番号16、長谷川 準泰内野手(1年)は、8番・三塁でスタメン出場。2回にゴロを弾く失策をしてしまったが、その後は三遊間のゴロを上手くさばいたり、三塁側内野席のフェンス際の難しい邪飛を捕球するなど、ファインプレーを連発した。打っては7回の逆転の糸口となる左前への適時打。9回は2安打目を放って出塁し、ダメ押しのホームを踏んでいる。72歳の伊藤 周作監督の1年生起用がピタリと当たった。 その後、高野山は、3回戦で桐蔭に9回サヨナラ負けを喫して夏は終わったが、今秋からの新チームには、その粘りはしっかりと引き継がれている。初戦では延長タイブレークの末に勝利、2回戦では8回に逆転して勝利した。3回戦で敗れたが準優勝した田辺に2対5の接戦を演じた。一方、智辯和歌山は、その田辺に準決勝で逆転負けを喫し、来年春のセンバツも絶望的となっている。 快挙を経験した高野山のスタメンに、3年生は2人しかいなかった。快投を演じた酒井をはじめ、残り7人のメンバーが、来年こそ「主役」に躍り出ることを期待したい。