大手ビール会社を50代で早期退職、五島列島でクラフトジン造りへ「当時、仕事に不満はなかったけど…」おじさん3人がセカンドライフを選んだワケ
新たな酒に求めた「風景のアロマ」
島で蒸留所を建てる場所を探す中、3人が心ひかれたのが、半泊(はんとまり)という小さな浜辺の集落だ。 この浜辺は江戸時代末期、キリシタン弾圧から逃れるために、長崎の大村藩からやってきた数家族が上陸。土地が狭く、半数だけが留まって住み着いたため、半泊と呼ばれるようになった。 今では5世帯6人だけが住むこの集落には、キリスト教解禁後の大正11年に建てられた小さな半泊教会があり、たった一人の信徒さんが祈りを続ける。 島の中心部から車で30分、くねくねとした細い山道を抜けてやっと辿り着く小さな入り江の風景と、厳しい禁教時代にも人々が祈りを受け継いできた精神性、その暮らしに寄り添うつばき。 慈しみを感じるこの場所でなら、自分たちが新たな酒に求める「風景のアロマ」を造れると、3人は教会の隣りに蒸留所を建てることを決めたのだった。
「キリンのような大企業では絶対に会議を通らない(笑)」
取材当日、筆者が蒸留所に着くと、マーケティングディレクターの小元俊祐さんが、隣の半泊教会から案内を始めてくれた。 元々、バーボンウイスキー「フォアローゼズ」が好きでキリンシーグラムに入社した小元さん。その後念願叶い、同酒のブランドマネジャー職も経験した。 門田さんが「怒ったところを見たことがない」と全幅の信頼を寄せる先輩だ。 「ジンというのはジュニパーベリー(ねずの実)を使えばあとは自由に造れるお酒なんですね。ここではつばきをキーボタニカルに、地元のゆず、和紅茶など全17種類のボタニカル(香味植物)を1日1種類ずつ別々に蒸留。それを月に3回ブレンドし、1回のブレンドでボトル千本分、今は1か月に3千本分造っていますが注文に追い付かず、これから5千本に増やせるよう、倉庫を別に建てているところです」(小元氏) 小元さんが説明してくれたような、ボタニカルを1種類ずつ別々に蒸留するのは、ジン造りの常識においては異例で、一般的には全て一緒に蒸留するのだそう。つまり、3人が選択したのは、とんでもなく手間と時間のかかる手法なのだ。 「ここでやっていることは、不確定要素の掛け合わせで、キリンのような大企業では絶対に会議を通らない(笑)。でも、不安は全然なかったです。条件付きで事業を引き継ぐなどではなく、3人のアイデアでゼロから始めるんだから多分うまくいく。そう思ってました。でも、もしもうまくいかなかったら、この年ならまだやり直しがきくなと」(小元氏) とんでもなく手間暇をかけた蒸留、ブレンドを手掛けるのが、門田さんが「天才」と評するブレンダー、鬼頭さんだ。 キリンの富士御殿場蒸溜所で33年間勤めた、酒造りのエクスパートだったが、門田さんから独立の誘いを受け、なんと2週間後に門田さんより先にキリンに辞表を出してしまったという。 「キリン時代は最大公約数のお客さんが美味しいと喜び、楽しんでもらえる味をと、いろいろなお酒を造ってきました。スピリッツ、ワイン、リキュール、焼酎…でも、ある時から、特定の場所でそこの特産品を使ったお酒造りをしてみたいと思うようになって。 そんな3年前、門田から誘いがあって、渡りに船と辞表を出した(笑)。ちょうど後を任せられる人が見つかり、このタイミングを逃したら飛び出せないかもと思った」(鬼頭氏) こうして3人は銀行の融資と全員の退職金、クラウドファンディングを合わせて資金1億円を調達し、2022年に福江島に移住。同夏、半泊の静かな浜辺で蒸留所の工事が始まり、12月「五島つばき蒸溜所」開業となった。 取材・文/中島早苗 NHK『いいいじゅー!!』(BS 毎週金曜午後0時~0時30分 放送)
中島早苗
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