「今の仕事はアイドル時代の恩返し」北原佐和子、『牡丹と薔薇』の過酷撮影と介護の仕事を語る
「ボタバラのときは共演者と飲みに行ったりはなかったですね。撮影のスケジュールが大変で……うん、本当に大変でした。1日が30時間とか」 30時間とは、24時間+6時間の撮影を行うことだ。
ドラマがヒットしているなんて知らなかった
「ちょっとブラックなんてもんじゃない、昼帯はブラックのかたまりです!(笑) でもみんな必死で楽しかった。ある日、いきなりスタッフが来なくなったりしたことはありましたけどね……」 ボタバラの現場については、大河内奈々子も、 「ほぼ週6、時には週7で仕事。朝早いときは7時開始、帰りは深夜過ぎ。スタジオと家の往復でテレビを見る時間もなく、当初はドラマがヒットしているなんてまったく知らなかった」 と、取材で語っていた。 「空き時間に寝ようと思えば寝られますが、私は寝ません。寝ると顔がむくむので。とにかく30時間起きっぱなしだとみんな壊れてきます。セリフのNGが増えて、それがどんどん伝染する。セリフを噛んだり、脳が疲れて言葉が出てこなくなったり。お互いの疲れがすごくわかるから、“頑張れ頑張れ!”って、みんなで励まし合って、NGを出さないよう必死でした。昼帯あるあるですけどね」 おそるべし、ブラック昼帯の制作現場! そんな過酷な現場からあの異様なテンションのドラマが生まれたのだ。とはいえ、いまなら完全にNGな状況。 「私が若いころは、京都の撮影所なんかも夜通し。撮影が夜中の12時を超えたりとか普通にあったんですけど、いまはもう駄目。タクシーを配車しなきゃいけないからもう終わりにしよう、とか確かに業界も変わってきていますね」
50歳で介護福祉士、53歳でケアマネの資格を取得
『水戸黄門』『暴れん坊将軍』といった時代劇や土曜ワイド、火曜サスペンスなどのドラマに多数出演し、女優として多忙な30代を経た北原。ボタバラ放送後の40代に介護の世界に足を踏み入れた。不安定な女優の仕事の合間に自分を見つめ直し“本当にやりたいことは何か”と自問した後の選択だったそう。 「女優の仕事が一段落したところで、ホームヘルパー2級の資格を取りました。最初は入浴介助や夜勤なんて無理と思っていましたが、介護に関わっていくうちに、より深くその人を知るためにやってみたい、と思うようになりました。義務感からではありません。その人を知りたいと思ったのがきっかけです」 そこからは、どんどん介護という仕事への深掘りが始まった。50歳で介護福祉士、53歳でケアマネジャーの資格を取得。そして、知り合いの医師にすすめられて、准看護師の資格を56歳で取得した。 「そんなとんとん拍子の道のりじゃなかった。利用者さんや家族の方との関わりの中で、自分にとって必要なことを教えてもらいました。ケアマネ業務をしていく上では、専門職の方と関わって、自分が利用者さんのためにプランを作らなければいけない。でも、医療の知識がなくて、先生と看護師さんの話もまったくわからない私に何ができるんだろうって、本当に怖くなったんです。怖いのが先立って、准看護師の勉強が大変だなんて思う余裕もなかったです。私、一生懸命しかできないので」 そこまで真剣に介護の仕事と向き合うのはなぜか。 「自分がデビューしたこと自体、すごく運が良かったと思います。決してなりたくてなったわけじゃないし、夢を見て芸能界に飛び込んだわけでもない。何となくデビューまでつながって……という感じだったんです。歌やダンスのレッスンを何年もやってきたわけでもない。私がデビューするまでには、大勢の大人がお膳立てをして、私はそこに立たせてもらったんです」 そんな幸運な自分の状況を当時は理解できず、大勢の大人たちの期待に応えきれなかったと北原は言う。 「それがどれだけのことなのか、正直わかっていなかった。学生のクラブ活動のような軽いノリでやってしまった。そこはすごく反省しているし、後悔しているんです。あのとき自分にもっと真剣さがあったら、違ったかもしれない。私の周りにいた大人たちをもっと幸せにできたかもしれないという思いが、ずっとあった。だから、その後悔はもう嫌なんです。あのときにやりきれなかったことを、いまやりきる。そういう思いが、いまの介護に向き合う私なんだなと思います」 人の期待に応える。思いを裏切らない。そんな強い覚悟が、北原の言葉に込められていた。アイドルから女優と介護職の二足のわらじへ。輝く笑顔でこれからも期待に応える彼女を応援したい。 北原佐和子●1964年、埼玉県生まれ。女優、ケアマネジャー、准看護師。1982年、“花の82年組”としてデビュー。その後は、ドラマ、映画、舞台などで女優として活躍。2005年にホームヘルパー2級、2014年に介護福祉士、2017年にケアマネジャー、2020年に准看護師の資格を取得。近著に『ケアマネ女優の実践ノート』(主婦と生活社)がある。 取材・文/ガンガーラ田津美