ウクライナが外交交渉路線に転換した胸の内、2024年夏から始まっていた停戦に向けた模索
また、この夏、ゼレンスキー政権の内部では、戦争継続の意味について自問する声も出ていた。ある高官は「このまま戦闘を続けても戦争を終わらせることができるのか」という疑問を正直に吐露していた。 政権内部で戦争継続へのこうした疑問が出始めた背景には、2023年6月に始まった本格的反攻作戦の失敗もある。「正直、もっとやれると思っていた」と述懐する。 「国の独立と主権は戦争でしか守れないが、全領土の回復は外交交渉でも取り返せるはずだ」と外交解決路線への移行を求める意見も出ていたという。
こうしてみると、今回の外交解決路線への移行はゼレンスキー政権内部で2024年夏の段階でくすぶっていたもので、この迷いの気持ちに対し、トランプ政権の再登場が最終的に戦略変更の後押しをしたという構図が浮かび上がってくる。 また今回のゼレンスキー氏の全占領地武力奪還の断念発言の背後には、ウクライナ戦争は2025年末までに終了するとゼレンスキー氏が期限を切っていたこともある。 ■温存していた若者を復興へ これ以上戦争を長引かせると、その余りに大きい人的損失により、ウクライナの持続的発展が不可能になるとの危機感があるからだ。
アメリカのバイデン政権が最近、現在25歳以上という徴兵年齢を18歳まで引き下げて兵力を増やすことをウクライナに提案したのに対し、ゼレンスキー政権が強く拒否した。この背景にもこうした危機感がある。 ゼレンスキー氏としては、2025年に何らかの形で停戦が実現した場合、温存した24歳以下の若者を国家再建に回したいとの狙いがあるのだ。 一方でゼレンスキー氏が徴兵年齢の引き下げ要求を拒否した背景には、別の大きな理由がある。これまでウクライナが強く求めてきた武器供与に対し、一貫して供与時期を遅らせ、小出しにしか応じて来なかったバイデン政権への強い不満があるのだ。
アメリカは2024年11月半ば、ウクライナが承認を求めていたアメリカ製の長射程地対地ミサイル「ATACMS」(エイタクムス)によるロシア領内への攻撃をようやく容認した。停戦を急ぐトランプ氏の再選が決まり、東部でのロシア軍の攻勢が激化した後、である。 ゼレンスキー政権からすれば、「何をいまさら」という感じだった。そんな中、徴兵年齢の引き下げを提案してきたバイデン政権には強い反発の念があったのだ。 トランプ次期政権による停戦仲介構想は本稿執筆時点で、まだ最終的に固まっていない模様だ。仲介が本格的に動き出すのは2025年に入ってからとみられる。
吉田 成之 :新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長