「男か? 男と連絡を取り合っているのか?」祖母が母親を罵倒…学歴至上主義の毒母の独りよがりな愛情は祖母からの連鎖だったのか
青山さんの祖母と母親が大喧嘩…
青山さんは娘を出産した2年後、夫と母親と一緒に、関西の田舎で暮らす母方の祖母に会いに行った。 祖父は10年ほど前、がんにより80代で亡くなっているが、祖母は相変わらずテレビもなく、隙間風が吹くようなボロボロの広い屋敷で、たった1人で暮らしていた。 祖母は母親のように家事能力が低くはなく、家の中はきれいに掃除され、整理整頓されている。しかし度を越したケチのため、十数年ぶりに訪れた青山さんは、まだ祖母が古いペラペラの布団を使っていることに驚愕し、布団を新調するよう提案。だが、祖母は頑なに首を縦に振らない。 青山さんは、「それなら仕方ないね。近くに宿もないし、娘はまだ小さいし、こんな隙間風が吹いて寒い家にはもう連れてこられない」と言ったが、祖母はそれで構わない様子だった。 しばらくして、説得を諦めた青山さんと夫が、祖母からあてがわれた部屋に入り、30年以上使っているであろう薄くペラペラの布団を敷いていると、祖母の怒鳴り声が聞こえてきた。 何事だろうと思った青山さんと夫が見に行くと、祖母と母親が大喧嘩を繰り広げている。 母親がスマホをいじっていたところ、それを不快に感じた祖母が、「男か? 男と連絡を取り合っているのか?」と騒ぎ始め、母親が必死に弁解しているのだ。 友だちのいない母親は、学生時代も英語教師として働き始めた後も、どこにも寄らずまっすぐ家に帰ってきていた。 しかし、たまたま忘年会で帰りが遅くなったことがあったらしく、祖母は30年以上前の話を掘り返し、それだけでは飽き足らず、10年以上前に亡くなっている青山さんの父親の話まで持ち出して、「あんたは未亡人なんだから、喪に服さんとあかん!」「死んだ夫に申し訳ないと思え!」などと言って母親を罵倒していた。
毒母の連鎖は祖母から続いていた
「私は子どもの頃から祖母のことが嫌いだったんですけど、それを見て、ちょっともう、『祖母は無理だな、絶縁しよう』って思いました。うちの母はもう60代ですし、太っているし、全然男性受けするような容姿ではないんですよ。なのに祖母に責め立てられた母親が泣き出して、ものすごいカオスな状況で……。 夫と2人で『吉本新喜劇か!』って笑ってしまいました。『ああ、この人のせいなんだろうな』と悟りましたよね。なので、母が毒親だったのは、障害ではないかと思っている部分と、あの祖母のせいだなと思っている部分がありますね」 まさに毒親の連鎖だ。だとしたら祖母の親、青山さんにとっての曾祖父母はどんな人だったのだろう。 「やっぱり地主で、すごいお金持ちだったと聞いています。祖母は何人かのきょうだいの一番下だったらしいんですけど、お姉さんのうちの1人が結核だったそうで、親が、『病気で亡くなる人生ではかわいそうなので、せめて結婚させてやろう』と言って結婚相手を探し、相手には持参金で工場を建ててあげたといいます。その後お姉さんが結核で亡くなると、工場が結婚相手のものになってしまって揉めたとか……」 あげるつもりで建てたのではなかったのか。 「あと、一番上のお姉さんは上場企業の創業者一族のお金持ちの人と結婚して、その後愛人ができたらしく、遺産相続で揉めたとか……。とにかくお金で揉めることが多い家だったみたいですが、末っ子の祖母はあまり可愛がられなかったようです。 結婚相手として選ばれた祖父は小作人の出で、祖母は祖父を見下していました。でも、祖父は頭がいい人だったようですし、祖母は自分の両親が、『子どもたちに教育をろくに受けさせなかったから、落ちぶれていったんだ』と思っていて、母や伯父(母の兄)の教育にはめちゃくちゃお金をかけたようです。 だから当時としては莫大なお金がかかるし、『女に学はいらん』みたいな時代ですけど、母にアメリカ留学までさせることができたのですよね」 青山さんの母親は、幼い頃からこうした話を自分の母親(青山さんの祖母)から何度も聞かされて育ったのだという。青山さんの母親の、「他人に対する疑り深さや学歴至上主義は、こうして培われたのか」と合点がいった。