“出遅れた男”毛沢東はいかにして「中国共産党の権力闘争」を勝ち抜いたのか? 習近平・国家主席の権力基盤と符合する点とは
毛沢東と習近平の権力基盤
峯村:陝西省で共産党の拠点を築いていたのが、習近平の父親である習仲勲です。 橋爪:そうなんですね。遠藤誉氏の著書『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮社)によれば、毛沢東が延安にたどり着く直前、習仲勲は反対勢力に粛清され、すんでのところで処刑されるところだった。そこに毛沢東が到着し、処刑を止めさせたという。毛沢東のおかげで命拾いした習仲勲は、それ以後ずっと毛沢東に忠実に仕えています。その子どもの習近平は当然、毛沢東に悪い印象をもっていない。彼の人生は、毛沢東とのつながりで始まっているのです。 峯村:その傾向は最近の習近平の言動からもみてとれます。長征を「中国共産党の団結と犠牲の象徴」と歴史的な意義づけをし、国民統合や党の正統性を強調するための史実として積極的に利用しています。 アメリカのトランプ政権との対立が先鋭化した2019年5月、長征の出発地とされる江西省于都にある記念碑を訪れた習近平は、「われわれは新たな長征の途上にある。国内外の重大なリスクと挑戦に打ち勝ち、中国の特色ある社会主義の新たな勝利を奪取しなければならない」と語っています。アメリカとの対立について「新たな長征」と位置づけ、国民に団結を呼びかけているわけです。複数の中国共産党関係者の話では、毛沢東が日本との戦いが本格化してきた1938年に延安で記した「持久戦論」を習政権は研究しており、アメリカとの長期戦に向けて備えをしているそうです。 橋爪:そのころ、延安では、「AB団」の粛清が起こっていた。ABとは、アンチ・ボルシェビキのこと。党内の反革命集団を指します。共産党内に秘密警察のスパイ組織があって、AB団を検挙する。査問にかけて有罪に決まると、処刑してしまう。査問されれば、潔白を証明するのはまず無理。革命を志し、身を捧げて党員になったのに、こんな事件のせいで命を落とす若者が大勢いました。 峯村:秘密警察は、現在の中国共産党でいえば、習近平政権の大規模な反腐敗キャンペーンを展開してきた、党中央に直属する「中央紀律検査委員会」に当たるといえそうです。 橋爪:その仕組みがあるので、党に逆らうのは無理です。そこで党中央(当時は毛沢東)は絶大な権力をもつ。また、党中央は軍も掌握している(軍事指揮権をもっている)。そこで軍も、それ以外のどんな団体も、党中央に反抗するのは不可能になっている。これこそが毛沢東、ひいては党中央(現在の習近平指導部)の権力基盤だと言えるのです。 (シリーズ続く) ※『あぶない中国共産党』(小学館新書)より一部抜粋・再構成 【プロフィール】 橋爪大三郎(はしづめ・だいさぶろう)/1948年、神奈川県生まれ。社会学者。大学院大学至善館特命教授。著書に『おどろきの中国』(共著、講談社現代新書)、『中国VSアメリカ』(河出新書)、『中国共産党帝国とウイグル』『一神教と戦争』(ともに共著、集英社新書)、『隣りのチャイナ』(夏目書房)、『火を吹く朝鮮半島』(SB新書)など。 峯村健司(みねむら・けんじ)/1974年、長野県生まれ。ジャーナリスト。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。朝日新聞で北京特派員を6年間務め、「胡錦濤完全引退」をスクープ。著書に『十三億分の一の男』(小学館)、『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)など。
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