「最強王図鑑」「5分後に意外な結末」などヒットシリーズ続々! Gakken名物編集者が語る、子ども心の掴み方
ライオンとアフリカゾウを戦わせたら、どっちが強いか。では、その勝者とティラノサウルスを戦わせたら――? そんな想像しただけで誰もが童心に戻ってしまう「最強王図鑑」シリーズをご存知だろうか。 小学校中学年以下の子どもたちを中心にシリーズ累計400万部を誇る大ベストセラーとなり、続々と新刊も登場。さらに漫画化、ゲーム化、アニメ化と様々な形で読者からの支持を得ている。 また、全国の小中学校で毎朝10分間行なわれている「朝の読書(朝読)」では、1話5分程度で読むことができる「5分後に意外な結末」シリーズが累計500万部を突破する人気ぶり。それらの人気シリーズの担当をしているのが、目黒哲也氏(株式会社Gakken/コンテンツ戦略室マイスター)だ。 かつては「小学生も高学年以上になったら、児童書を読まない」とか、「小学生男子は中学生になったら、マンガ以外は買わない」などと言われていたが、今や“バトル図鑑コーナー”や“YA(ヤングアダルト)コーナー”も多くの本で充実している。ヒットシリーズを手掛ける意義、児童書の編集者として大切にしていること、そして本というメディアの可能性について聞いた。(佐藤結衣) ■100万部売れる1冊より、5万部売れる20冊を作りたい ――大人気のシリーズをいくつも手掛けてこられましたが、この反響は想像していた通りですか? 目黒:たくさんの方に読まれたことはもちろん嬉しいんですけど、正直なところ部数はそんなに気にならないというか、売れることだけを目的にしているわけではありません。僕が担当した本で、「売れていないけど、作ってよかった」と思う本もたくさんあります(笑)。多くの人を楽しませる本がある一方で、コアなファンの心に深く残る本もあると思っていて。1冊1冊の本にそれぞれ別のことを期待して作っているんです。 ――たしかに。売れている本だけが、面白い本というわけではないですよね。 目黒:「どうやって売れる本を作るか」と考えるのも面白いけれど、「どうしたら書店で棚を作っていくことができるか」を考えるのも面白い。1冊目が出て、2冊目が出て……と、だんだん並べられて本のコーナーができていくのを想像して作っています。なので、極端な話100万部売れる1冊を作るよりも、5万部売れる20冊を作る方が、「本を作る楽しみ」が20倍味わえる、と。そういう意味では、この「最強王図鑑」シリーズや「5分後に意外な結末」シリーズは、期待に十分過ぎるほど応えてくれたと思ってます。 ――実際に、目黒さんの手掛けた人気シリーズが先駆けとなって、児童書コーナーの棚が盛り上がっていますね。 目黒:それまで「中学生が読む本なんて、児童書では絶対売れないよ」なんて言われていたところに、「なんだ中学生にも読んでもらえる本って作れるんじゃないか」と新しい棚ができたことは、可能性を広げられたのかなと嬉しく思っています。 ――「最強王図鑑」シリーズの広がりもすごいですね。「動物」に続いて、「妖怪」や「幻獣」などが出てくる遊び心に度肝を抜かれました。 目黒:最近、さまざまなテーマや切り口が出てきていますが、「図鑑」では不動の人気を誇る3大テーマが、「動物」、「昆虫」、そして「恐竜」なんですね。通常であれば「動物」が売れたら、「昆虫」、「恐竜」とシリーズ展開していくのがセオリーなんだと思うんですが、「恐竜」を出してしまったら、もうクライマックスを迎えてしまう気がしたんです。バトルものは、どんどん強いヤツが出てくることにワクワクするじゃないですか。なので、あえて「恐竜」にはまだいかない選択をしました。だって、「恐竜」が出てしまったら、「もうスミロドン(サーベルタイガー)なんて出る幕はないんじゃないか」と思っちゃったんですね。なので、「絶滅動物」を次に出したんです。 「昆虫」もまた特別で。虫は種類によって大きさが全く違うので、単に戦わせても噛み合わないのではないかと。なので、もう少し読者がこのシリーズの世界観に慣れてきたころに、体格を合わせた大会に出そう、と。 ――リアルにバトル大会をプロデュースしていくような感覚ですね。 目黒:そうですね(笑)。そもそも自然界の動物たちは、強さを競うために別の種類が死ぬまで戦うことはないと思うんです。なので、もともとがファンタジックではあるんですが、それでもそれぞれの特性を知りながら「たしかに、こっちが勝つよね」と納得できるリアリティのある戦いにはしたい。ありがたいことに、そんな世界観を子どもたちも楽しんでくれているという手応えを感じられたので、「妖怪」、「幻獣」、「ドラゴン」と実在しないモンスターたちも戦わせていくことができました。 ■目指すのは、本だからこそできる新しいフォーマット ――トーナメント方式で対決する組み合わせもまた絶妙ですよね。「どっちが勝つんだろう」と大人も思わず考えさせられるというか。 目黒:そういったところから、親子のコミュニケーションが生まれてくれたらいいなという気持ちもありました。以前、『水中最強王図鑑』でシャチとメガロドンという絶滅種のサメを戦わせてシャチに軍配を上げたところ、編集部に「“メガロドンが負けるわけない!”と、うちの息子がどうしても納得してくれない」という、問い合わせの電話がかかってきたことがあって。サメというのも、子どもたちから絶大な人気を誇る生物なんですよね。なので、この戦いではシャチが勝つというのが、どうしても嫌だったようなんです。 ――その電話にはどう対応されたんですか? 目黒:そのときは骨格をもとに親御さんに説明しました。シャチは哺乳類だから肋骨があって、内蔵が守られているんです。一方で、サメというのは軟骨魚類なので骨も細くて柔らかく、内臓がむき出しの状態。なので、ちょっとでも体当りされたら大ダメージを受けてしまうから、戦ったらシャチのほうが強いんだよ、と。それでも電話口の向こうから「(サメが負けるなんて)無理無理無理~」と泣きながら叫ぶ声が聞こえて、胸が痛かったです。 ――それでも、納得しない感じが男の子っぽくてかわいいですね。 目黒:そうですね。やっぱり強そうな生物にはファンがつくというか、勝ってほしいと熱が入っていくんでしょうね。あるときは、友だち同士で「こっちのほうが強い」と予想し合って、あまりに白熱し過ぎてケンカになったこともあるらしく(笑)。それだけ夢中になって読んでくれているのも、嬉しいことです。 ――1見開き目で予想して、2見開き目で勝敗がわかるという作りも絶妙だと思いました。 目黒:トーナメント形式を勝ち上がっていくのを体感できるようにしたいなと思っていて。編集者としては、そういうフォーマットをどう作るかっていうのがすごく考えどころだなと。「5分後に意外な結末」シリーズの中でも、色々なトライアルをしていて。基本は10ページ程度のショートショートだったんですが、1話完結の形を取りながらキャラクターを設定して1冊を通した物語も楽しめるものを出したり、「5分後」ではなく『5秒後に意外な結末』としてめくったらオチがわかるという1ページの裏表で問題と答えが完結するものを作ってみたり。「5秒後」の真逆をいって、『5億年後に意外な結末』という本も作りました。結局、編集の仕事って、そのフォーマットを作ったり、見つけたりする仕事でもあるんですよね。 もちろん、売れたフォーマットは真似をされやすいんですけどね。似たような本が出てくると複雑な気持ちにもなるものですが、逆を言えばいろんな会社が同じような本を作ることによって、さっきお話したように棚が形成されるに至っていく部分もあって。常に生み出し続けていくことが大切だなと思っています。それに、自分でもだんだん飽きてきてしまうから、やっぱり新しいフォーマットを探すことになります。 ――そうした新たなフォーマットを作り出すために、意識されていることはありますか? 目黒:本ってやっぱり物体なので、いかにモノとして親しまれるかというのは気をつけていますね。プロダクトデザイナーの方の発想などは、とても参考になりますね。たとえば深澤直人さんが作った換気扇のようなCDプレーヤーなど、直感的に操作ができる製品や、これまでの概念を覆すような作品を見ると、「すごい!」と思ってしまいます。 「5分後に意外な結末」シリーズは中学生向けの本ということで、それをどういうふうに表現しようかと考えたとき、まずは子どもっぽくないイラストを採用したいと思いました。児童書コーナーではなかなか見ないusiさんのイラストが、大人っぽくもありながら、性別も選ばないピッタリなテイストだと考えて。造本も「ハードカバー(上製本)」だと堅すぎるから、児童書としては高級感を感じさせる「仮フランス装」にしました。「仮フランス装」は上製本の一種なんですけれど、厚紙をかませずに表紙を柔らかくできるから、オシャレな雰囲気を出せるんです。 このご時世、やっぱり経費節減していかなきゃいけない流れもありますが、やみくもに低価格化を目指すのもちょっと違うのかなって。内容はもちろんコンテンツなんだけれど、手に取ったときの質感とか、そこにある存在感とか、全部ひっくるめて物体としてのものが本なんじゃないかと思うんです。 ■マーケティングよりも、小学生の“目黒くん”と共に ――目黒さんは、もともと高校生向けの学習参考書の編集者としてキャリアをスタートされたんですよね。これまで、就職対策本や実用書など、様々なジャンルの本を手掛けられているとお聞きしました。 『新恐竜 絶滅しなかった恐竜の図鑑 児童書版』 目黒:そうですね、常に恐れていることがあって。それは何かひとつのジャンルを突き詰めて「やりきった」みたいな感じになってしまうことなんです。そうなると「バーンアウト(燃え尽き症候群)」になりそうで(笑)。もともと編集者になりたいと思ったきっかけとなった、思い入れのある本『新恐竜』『アフターマン』を児童向けにリメイクして発刊したときでさえ、他の本を作ったときと同じくらいの達成感でした。 おそらく最終目標として、そこに到達するよりも、その道すがら「こんな切り口もあるな」「こういう方法もあるんじゃないか」って工夫していくことが楽しいタイプなんだと思うんですよね。僕の仕事のやり方は、設計図の通りに作る美しい建築物ではなく、まるで九龍城みたいに増築を重ねていく感じ。だから、たとえ思ったようにならなかった本があったとしても、その失敗の上に積み重ねていくことができるんです。逆にいえば、一度失敗したら「こっちはやめておこう」っていう判断材料を手に入れられる。だから、過去に出した本を「今の自分ならどうするか……」という視点で作り直す作業などは大好きなんです。 ――たくさんの本を担当してお忙しいはずなのに、改定作業まで! 目黒:あまり忙しさは感じないです。たぶん、一般的な方法論の「マーケティング」をしないのも大きいと思います。というより、できないっていうのが正しいのかな(笑)。本の中にアンケートハガキも入れないですし、その時間や手間を次の本を作るほうに向けてしまっています。 実際に、アンケートをとったとしても「思ったよりも低学年の子どもたちに読まれているから、続刊では言葉遣いをかみくだこう」なんて思わないですしね。今の形で売れているのに、わざわざ変えていく必要は全然ない気がするので。今は「マーケットイン」みたいな言われ方をしていますけど、僕は完全に時代遅れの「プロダクトアウト」(笑)。でも、まずは面白いと思うものを作ってみようというスタンスが、「児童書」には合っていたのかもしれないです。 ――なるほど。その挑戦の数の多さが、冒頭でも仰っていた「本それぞれにある期待」と繋がってくるんですね。 目黒:はい。『ミステリと言う勿れ』という漫画はご存知ですか? ネタバレになったら申し訳ないんですけど、あるシーンで、「子どもをもったことのないお前に親の気持ちはわからないだろう(意訳)」的なことを言われた主人公の整くんが「僕は子どもを持ったことはないですが、子どもだったことはあります」と言うんです。そのセリフがすごく心に響いたんですよね。 僕を含めて児童書を作るすべての大人が、みんな子ども時代を過ごしてきているわけじゃないですか。ビジネスとしてはわからないけれど、読者としての視点だったら「あのころの自分だったら面白いと思うかな」みたいな本質的な部分は、変わらないんじゃないかなって。「今の子どもたちに何がウケるんだろうか……」なんて頭を抱えてる暇があったら、本を作ってしまったほうが早い。あえてマーケティングなんてしなくても、子どものころのことを思い出せばわかるはずだと。だから、理想はこれなんです。 ――この写真は、目黒さんですか? 目黒:はい。同窓会のときに配られた小学生のころの僕です。見た目は大人になっているけれど、仕事をするときの自分はいつもこの6年1組の“目黒くん”でいたいなって。 その上で思うんですけど、うちの会社(Gakken)って、堅くて真面目な学級委員長みたいなイメージだと思うんですよね。大人たちからは好かれるけど、同級生たちからの人気があるかと言われると「うーん」みたいな。僕は、もっとそういうイメージも変えられるような本を作っていきたいんです。「学研くんって面白いやつじゃん」って一目を置かれるような。実際の小学生のときには、大人しい人間だったんですけど、本当は「人気者」になりたかったんです。小学生の頃は、「頭がいい」より「面白い」ほうが絶対に人気者になれますからね。 そのためにも、真面目な参考書も作ってるけど、こんな面白い本も作ってるよっていう幅を出していけたらなと考えています。そこで、これまでよりももっと柔軟にいろんなアイデアを形にできるようにしたいんです。それは、社外からも大歓迎で。出版業界なんて小さな世界なので、手を取っていける会社とは、もっと一緒にやっていきたいなと。 会社によって得意不得意もあります。いい企画はあるのに児童書をなかなか出すことができない会社ならうちから出してもいいですし、うちのコンテンツを他の会社から出してもいい。 そうして業界全体が手を取り合って面白い本をたくさん出していくことで、子どものころから大人になっても、ずっと地続きで「本って面白い」という世の中にしていけたら……。こんなに楽しいことはないと思うんです。
佐藤結衣