俳優の役所広司【Getty Images】

あなたは映画に何を求めているだろうか？ 突き詰めると心の変化を欲しているのではないだろうか。とりわけ、感情の整理がつかない、何とも曖昧な結末を迎える映画には、観る者の人生を変える力がある。そこで今回は、絶望と希望が合わさった不思議な結末の日本映画を、5本セレクトして紹介する。第4回。※この記事では物語の結末に触れています。（文・シモ）

『CURE』(1997)

監督：黒沢清 脚本：黒沢清 出演：役所広司、萩原聖人 【作品内容】 　胸をX字型に切り裂かれた娼婦が惨殺される事件が発生する。現場に駆け付けた刑事の高部（役所広司）は、同様の犯行が各地で起きていることを疑問に思うも、手がかりがない。犯人はそれぞれ違うのに、なぜ、同じような手口の犯行が連続して起きるのか？ ある日、事件の捜査線上に、特殊な能力を持つ間宮邦彦（萩原聖人）が浮上して...。 【注目ポイント】 　本作は黒沢清監督が、世界的に注目を集めるきっかけとなった作品である。他人の心理に入りこみ、潜在的な殺人欲求を呼び起こさせる特殊な能力を持つ伝道師・間宮（萩原聖人）の口癖は「あんたの話を聞かせて」。 　間宮は対話相手が潜在的に持っている悪意を引き出し、殺人行為へと導いていく。伝道師は、なぜ、巧妙に他人の心に入り込めるのか？ 　間宮への尋問を繰り返すうちに、主人公・高部は、間宮に対して怒りを表出することになるが、それは彼の心が開いていくプロセスでもある。暗い独房で間宮と高部が対話をする場面は、黒沢清監督ならではのワンシーンワンカットで演出されている。このシーンで明らかになるのは、高部が「精神病院に通院している妻を重荷に感じている」ことに他ならない。 　クライマックスで高部は、間宮を撃ち殺す。それによって、高部は怒りから解放され、穏やかな生活を手に入れるように思えたが、そうではなかった。 　ラストシーン。高部は、行きつけのファミレスで、事件から解放されたからか、穏やかな表情でくつろいでいる。映画は、高部を接客したウエイトレスが、急にナイフを手に取って同僚に近づいていくカットで幕を閉じる。 　高部は、間宮の能力を継承したのだ。その上、間宮はマインドコントロールを成功させるにあたり、ライターを着火させる、コップの水を床にこぼす、といったアクションを必要とするのに対し、彼の能力を受け継いだ高部は、ウェイトレスと少し会話をしただけで彼女の殺意を引き出した。高部は間宮を凌ぐほど強力な能力を継承した、ということがさりげなく表現されているのだ。 　エンドロールで流れる音楽が途中で切れる演出とあいまって、心をかき乱される不思議なラストである。 （文・シモ）