開業医は儲かる?資金繰り、スタッフの雇用、大学病院の医師との違いは…。ヤンデル先生が読む『開業医の正体』
◆「正体」を冠するにふさわしい 開業時の資金繰りに悩む松永先生のもとに、どういう人たちが寄ってきて、誰は信用できそうで、誰が疑わしいのか。クリニックを事前予約制にするか、それとも訪れた人を順番に見ていく方式にするか、どちらがこのクリニックの意図と地域の人びとの思いにより親切なのか。どう考える? どう選ぶ? クリニックの開業に際してスタッフを募集していたある日、松永先生のもとをおとずれた母子が部屋を去った後に、松永先生が奥さん(元・凄腕の手術室看護師)をちらと見て、「追いかけようか?」というシーンはとても印象的である。正解があるわけではおそらくなかった。そして私は、これらのエピソードのつながりから見えてくるものこそが、松永先生によいものを“書かせて”いるものの正体なのではないかとすら思う。 さここまで、本書は「情報商材系」ではないということを強調してきた。しかしじつを言うとこの本は非常に役に立つ(笑)(論点がボケるので、書こうかどうか迷ったが、書かないのもアンフェアだろう)。医療の現場で医師が内心こんなことを考えて、こういう損得のことも勘定に入れて、あるいはある種の損得については度外視することもあるのだなと知っておくことは、患者にとってすごく便利な話ではないかと感じる。その意味では、『開業医の正体』という本に商材としての何かを期待した人のニーズも結果的に満たしてくれるのである。 そういう人が読み終わったときに心の中に灯った火はきっと、複雑で、ふくよかで、時間とともにゆらゆら移り変わって、いつまでも見ていたい、時間的・空間的に厚みのある炎であることだろう。「正体」を冠する本はこうでなければならない。航海日誌とは次の船出のための灯台でもあるのだ。
市原真