16mmフィルムの魔法に誘われる。映画『リトル・ワンダーズ』
ニューレトロな寓話世界が可愛くてたまらない! コダックの16mmフィルムで撮られた2023年のアメリカ映画『リトル・ワンダーズ』は、わんぱくな子どもたちのちょっと不思議な日常の冒険を描いたインディペンデント発の傑作だ。 監督はこれが長編デビュー作となる新鋭ウェストン・ラズーリ(1990年生まれ)。米サンフランシスコにあるカリフォルニア美術大学でデザインを学んだあと、幅広い創作活動を行うアトリエ「ANAXIA(アナクシア)」を設立。今回は製作と脚本、さらに出演も監督自ら兼ねるほか、編集・衣装・タイトルデザインを「ANAXIA」名義で手がけている。
ママから指令を受けたブルーベリーパイを手に入れろ! 新鋭監督による珠玉のキッズ・アドベンチャー映画
主人公はダートバイク(小型のマウンテンバイク)に乗って近所を徘徊する悪ガキ3人組。おませな少女アリス(フィービー・フェロ)と、ヘイゼル(チャーリー・ストーパー)&ジョディ(スカイラー・ピーターズ)の兄弟はバラクラバを被って「不死身のワニ団」というチーム名を名乗っている。ある日、彼らは“オートモ社”のビデオゲームを盗んで、兄弟の自宅で遊ぼうとするが、テレビにはパスワードでロックをかけられていた。風邪をひいてベッドルームで静養しているママにロックを解除するよう頼み込むと、「じゃあセリアさんのお店のブルーベリーパイを買ってきて」という指令を受ける。このミッションをクリアするため、3人組は奮闘するが、まもなくフェアリー・キャッスル・マウンテンの森で暮らす謎の集団「魔法の剣」一味に遭遇。彼らの怪しい企みに巻き込まれてしまう。果たして子どもたちのクエストの行方は? そして無事パイを手に入れ、ゲームをプレイすることができるのか──? こういった「ママから受けたミッションをクリアする」という“リアルRPG”的なお話が展開するのだが、まず目を引くのはオープニング・クレジットに刻まれた“SHOT ON Kodak 16MM MOTION PICTURE FILM”の文字。デジタルシネマが当たり前になった現在、昔ながらのフィルム撮影──特にやや粒子の粗い画質になる16mmをあえて選択して使用する手法が、世界的な新潮流のひとつになりつつある。ワンショットの撮影時間も限定的になることから、フレームへの意識や現場の集中力が高まり、シネマティックな魔法がかかりやすくなるようだ。『リトル・ワンダーズ』もまさにそうで、ノスタルジックな映像の質感は、懐かしのテレビ映画なども連想させたり。またヒッピー調のサイケデリックな衣装や色彩も相まって、甘美な眩惑性に誘うデイドリーム感覚が全編横溢している。 ジュブナイル系のキッズ・アドベンチャーとしては、『グーニーズ』(1985年/監督:リチャード・ドナー)やドラマシリーズ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(2016年~)などを彷彿させるという声が多く、ゲームをモチーフにしている点では『ジュマンジ』(1995年/監督:ジョー・ジョンストン)とも重なる。ただウェストン・ラズーリ監督本人がこよなく愛している少年少女物の作品は、宮崎駿監督の実質的なデビュー作となる『未来少年コナン』(1978年NHK放送/総集編が翌1979年に劇場公開)らしい。 そう、ラズーリ監督は日本の映画やポップカルチャーの大ファン。『リトル・ワンダーズ』の劇中でも、主人公3人組が乗っているダートバイクに「AKIZUKI」(アキヅキ)というメーカーのロゴが入っており、これは黒澤明監督の時代劇『隠し砦の三悪人』(1958年)に登場する「秋月」というファミリーネームが元ネタ。「魔法の剣」一味の山男ジョン(チャールズ・ハルフォード)が乗っている赤い車のメーカーは「Mama Aiuto」(マンマ・ユート)で、こちらは宮崎駿監督の『紅の豚』(1992年)からの引用。さらに先述したゲーム会社のオートモ社は漫画家・映画監督の大友克洋にちなんで命名したもので、随所にちりばめられたオマージュの数々が楽しい。ちなみに本作の原題は『RIDDLE OF FIRE』(リドル・オブ・ファイア/火の謎)。これはアーノルド・シュワルツェネッガー主演のアクション・ファンタジー映画『コナン・ザ・グレート』(1982年/監督:ジョン・ミリアス)において、物語上のキーワードとなる“RIDDLE OF STEEL”(鋼鉄の謎)をもじったものだ。 ウェストン・ラズーリ監督は出演も兼ねているのだが、それが「魔法の剣」一味のひとりである青年マーティー役。ホーリーホック・ファミリーの長姉アンナ(リオ・ティプトン)率いる「魔法の剣」は、俗世間から自らを隔離して、森の奥深くのログハウスで集団生活を営むカルト集団だ。アンナには幼い少女ペタル(ローレライ・モート)という娘がいるのだが、彼女は「魔法の剣」のリーダーを務めるお母さんのもとに産まれてから一度も学校に行っていない。実はこの物語、ペタルを「不死身のワニ団」の3人組が救い出す展開になっている。宗教二世問題ともいえる(あるいは準じる)シリアスなテーマを、そっと挟み込んでいる点も興味深い。 とはいえこの映画には堅苦しい陰鬱さなどは感じられず、ダークな要素も含めて、わくわくする遊び心が弾ける陽性のトーンでまとめられている。映画の舞台は米西部ワイオミング州リボンという設定だが、実際はラズーリ監督の地元であるユタ州パークシティでロケーション撮影された。おそらくメインキャストの子どもたちと一緒に、監督も童心に戻ったような現場体験だったのではなかろうか。 また「不死身のワニ団」の3人組のひとり、ジョディが必要なアイテムである「まだら模様の卵」を手に入れるため、曲をリクエストして踊るシーンがある。その選曲が1977年の全米No.1ヒット曲、プレイヤー(アメリカのソフトロック系バンド)の「Baby Come Back」という懐メロ系なのが何とも可笑しい。他にもクラシックなサンダーバードの中古車なども登場するが、別に70年代が舞台というわけではなく、ゲーム並びにスマートフォンも使用されている。ラズーリ監督はタイムレスな世界像を創造したかったのだと語っており、すなわち特定の時代や地域性を超える、宝箱のようなイノセントな輝きこそがこの映画の本質なのだ。我々大人も子どもの頃の気持ちに戻ってピュアに楽しみたい! Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito