「私は、戦争の何を知っていたのか」堀川惠子さんの傑作ノンフィクションが学生に与えた印象
演劇人と戦争
最後の1冊は、『戦禍に生きた演劇人たち―演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(講談社文庫、税別900円)。戦争協力の演劇を演じさせられ、原爆で全滅した「桜隊」を追ったものです。担当した柿木ゼミの福崎彩乃さんは、こんな感想を述べました。 福崎彩乃さん:戦争によって、自分が憧れて入った演劇の世界であるのに、国家によって演劇を奪われ、利用されていた当時の演劇人たちを思うと、読み終えた後もやるせない気持ちでいっぱいになりました。本来は娯楽であるはずの演劇が戦争に利用されたことは、今までの教科書の内容や平和教育などでは知ることができなかったため、「戦争について、自分は何を知っているのだろう」と考えるようになりました。 福崎彩乃さん:歴史の授業で年号や事件の名前を覚えたり、道徳の授業で平和教育などは出されていますが、それは受身的な教育で、表面的な内容のみを教わるということが……私の今まではそうだったので、「今を生きる私たちにも関係の話ではないな」と改めて危機感を抱きました。 「私は戦争の何を知っていたのか」「形だけでしか知らなかったのではないか」と、福崎さんは考えたそうです。
堀川惠子さんのノンフィクション
(1)『原爆供養塔忘れられた遺骨の70年』(文春文庫、税別900円) 広島平和記念公園の片隅に、土饅頭と呼ばれる原爆供養塔がある。かつて、いつも黒い服を着て清掃する「ヒロシマの大母(おおかあ)さん」と呼ばれる佐伯敏子の姿があった。なぜ、佐伯は供養塔の守り人となったのか。また、供養塔にまつられている被爆者の遺骨は名前や住所が判明していながら、なぜ無縁仏なのか。引き取り手なき遺骨の謎を追うノンフィクション。「知ってしまった人間として、知らんふりはできんのよ」佐伯敏子の言葉を胸に、丹念に取材を続ける著者。謎が謎を呼ぶミステリアスな展開。そして、埋もれていた重大な新真実が明らかにされていく――。
(2)『戦禍に生きた演劇人たち―演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(講談社文庫、税別900円) 1945年8月6日、広島で被爆した移動劇団「桜隊」。著者は、その演出家・八田元夫の膨大な遺品を、早稲田大学演劇博物館の倉庫から発掘する。そこには戦中の演出ノートやメモ、草稿、そして原爆投下による悲劇の記録が書き残されていた。八田が残した記録やメモには、大正デモクラシーの下で花開いた新劇が、昭和に入り、治安維持法による思想弾圧で、いかに官憲に蹂躙されたか。自身や俳優たちの投獄、拷問など、苦難の歴史が記されていた。さらに、桜隊が広島で遭遇した悲劇の記録――。8月6日、八田は急病で倒れた看板役者・丸山定夫の代役を探すため、たまたま上京中だった。急ぎ広島に舞い戻り、10日から仲間の消息を追う。「桜隊」9名のうち、5名は爆心地に近い宿で即死。仲間の骨を拾った八田は、座長であり名優と謳われた丸山定夫や美人女優・園井惠子ら修羅場から逃れた4名の居場所を探し当てるが、日を経ずに全員死亡。放射線障害に苦しみながらの非業の死だった。八田自身も、戦後、放射線被曝に悩まされることになる。16日、避難先の宮島で臨終を迎えた丸山の最期に八田は立ち会った。前日、玉音放送を聴いて丸山は呟いたという。「もう10日、早く手をあげたらなあ……」10日前、8月5日に降伏していれば。本書は悲劇の記録である。と同時に、困難の中、芝居に情熱のすべてを傾けた演劇人たちの魂の記録でもある。
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュース報道やドキュメンタリー制作にあたってきた。やまゆり園事件やヘイトスピーチを題材に、ラジオ『SCRATCH差別と平成』(2019年)、テレビ『イントレランスの時代』(2020年)、映画『リリアンの揺りかご』(2024年)を制作した。