SF的設定を通して現代社会の見えない偏見や差別を描く社会派エンタメ「隣人X‐疑惑の彼女‐」
さまざまなマイノリティに置き換えられる惑星難民X
熊澤尚人監督が、新たな視点を盛り込んで脚本化した今回の映画では、原作の中心人物3人を2人に集約。柏木良子は原作にも登場するが、原作ではベトナム人留学生だった人物を映画では台湾人留学生のリン・イレン(ファン・ペイチャ)に変更。リンは、笹がX疑惑をかけて追うもう一人の人物で、日本の慣れない生活に苦悩する彼女の物語も絡めて描かれていくことになる。 設定自体はSFだが、謎の宇宙生物らしきXは人間に完全に擬態しているわけなので、SFファンタジー的な派手な描写はほとんどなく、描かれるのは地に足のついた人間ドラマ。Xという存在を通して、マイノリティに対する見えない偏見や差別を描いており、Xは外国人やトランスジェンダーなど、様々なマイノリティの比喩でもあるし、世界的な難民問題も背景にしている。劇中のXを通して、マジョリティ側で見る人もいれば、マイノリティ側で見る人もいるだろう。どちらの立場で見たとしても、自分ならどうするかを考えずにはいられない。身近なことにも置き換えられ、よく知らないというだけで、色眼鏡で見たり、排除したりしていないかも、身につまされる。劇中では、愛した人物がXだったらどうするのかというラブロマンスや、そもそもXは誰なのかといったミステリーで惹きつけつつ、差別や偏見という人間の根源的な問題に自然と目を向けさせており、現代社会を反映した良質な社会派エンタメとなっている。劇中で「心で見ることが大切」という台詞も出てくるが、自分は何を大事にして人と関わり合っているのかも見つめ直させられる。また、結局のところ、怖いのは宇宙人よりも地球の人間かもしれないという風刺もあり、あくまでエンタメとして楽しませながらも、いろいろな気付きを与えてくれる作品で、多様性の時代を象徴する、いま見るべき作品の一つといえるだろう。
上野樹里×林遣都×熊澤尚人
主人公の柏木良子を演じるのは7年ぶりの映画主演となる上野樹里。彼女を追ううちに惹かれていく新米記者・笹憲太郎を演じるのは林遣都。上野が演じる良子は、人との関わりを避けてひっそりと生きる、感情の起伏も言葉数も少ない静かな役。どこにでもいそうな女性の中でも特に地味な部類に入るキャラクターだが、上野ならではの繊細な演技と存在感で、芯の強さや心の美しさを感じさせる人間的魅力を持つ女性を体現している。一方、林が演じる笹は、仕事にも生活にも余裕がなく、いつも何かに追い詰められており、常に葛藤を抱えて悶々としている役柄。演者も精神的にダメージを受けそうな難役を、林が鬼気迫る迫真の芝居で熱演している。 他にも、Xだと疑われる台湾人留学生役に台湾の人気女優ファン・ペイチャ、彼女を助けるバイトの同僚役に野村周平、笹にどんな手段を使ってもスクープを掴むように追い詰める編集長役と副編集長役に嶋田久作とバカリズム、先輩記者役に川瀬陽太、良子の両親役に原日出子と酒向芳といった、実力派の豪華キャストが出演している。 監督・脚本・編集は、「君に届け」(10)「ユリゴコロ」(17)などの熊澤尚人。上野とは2006年の「虹の女神 Rainbow Song」、林とは2008年の「DIVE!! ダイブ」でもそれぞれ組んでおり、15年以上前から旧知である信頼関係の深さが、演出に活かされている。また、今回の熊澤による脚本は、原作小説をかなりアレンジしているが、原作者のパリュスあや子も、熊澤が深く原作を読みこんだ上で映画として上手く再構成しており、核の部分は通底していると、その出来栄えに太鼓判を押している。