「客が見えなくなるまでお辞儀」「高級食材に甘んじない」伝説の名店に学ぶ、仕事の本質
「高級」だけが美食ではない。美食=人生をより豊かにする知的体験と教えてくれるのが書籍『美食の教養』だ。著者はイェール大を卒業後、南極から北朝鮮まで世界127カ国・地域を食べ歩く浜田岳文氏。美食哲学から世界各国料理の歴史、未来予測まで、食の世界が広がるエピソードを網羅した一冊。「外食の見方が180度変わった!」「食べログだけでは知り得ぬ情報が満載」と食べ手からも、料理人からも絶賛の声が広がっている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。 ● 最高峰のうまいもの屋 世界には素敵なお店がたくさんありますが、中には何度も行きたくなる店、通いたくなるお店もあります。どういうお店にまた行きたくなるのか自己分析してみると、シェフに興味を持つことが多いように思います。 美味しかった料理をまた食べたい、と思うこともありますが、どちらかというと、違う季節の食材でどんな料理を作るんだろう、とか、違う引き出しも見てみたい、と思うことが多い。 僕が日本で最も長く通ったお店のひとつに、京料理の名店「京味」があります。僕の日本料理の原体験になっているのですが、その魅力は、西健一郎さんという料理人にありました。 僕が思うに、京料理のお店がたくさんある中で、「京味」の位置づけは少し違っていました。京都の料亭の流れをくむ華やかな料理というよりは、京都の家庭料理が根っこにある。 西さんの口からは、京丹後の話がよく出てきたのですが、そういう郷土色の強い料理をファインダイニングに昇華させている。様式美を意識した料理というより、きちんと美味しいと思える料理。誤解を恐れずにいえば、最高峰のうまいもの屋さんでした。 春は山菜に筍に鳥貝、秋は丹波の松茸、冬は津居山のカニ。日本で最高峰の食材を仕入れていました。松茸は、丹波産以外は松茸じゃなくてキノコ、といつもおっしゃっていたのが懐かしい。その当時、カニは今ほど高くなかったので、飛び抜けて高いというと松茸の時期くらいでした。 ● 「京味」にしかない料理 ただ、京味の素晴らしさは、こういう高級食材以外にあったと僕は思っています。1月の白味噌の雑煮、冬の時期の海老芋、通年ある締めの鮭ハラスご飯。 強い食材がない月ほど、お父さんの西音松さんから受け継いだ昔のレシピを久しぶりに再現してくれたり、即興的に焼き飯や親子丼を作ってくれたり、何を作ってくれるんだろうと逆に楽しみにしていました。ちなみに、親子丼は、近所の焼鳥屋さんにお弟子さんが走って鶏肉をもらってきて作ってくれたものでした。 その中でも、記憶に残っているのが、名物の芋茎(季節によっては根芋)の吉野煮です。 決して高価な食材ではない芋茎を使い、あく抜きなど手間をかけて大切に作られた逸品。「京味」のお弟子さんたちが、この伝統を今も守り続けています。 また、茄子のへた(うてな)を使った料理など、通常捨てられる部位を料理人の技術によって立派な料理に仕立て上げていたのも印象的です。 ● 一生通いたい店 料理以外では、見えなくなるまで外でお辞儀して、手を振ってお見送りする、というのも西さんがやっていて日本中に広まった習慣だと思います。 西さんの語録を語り始めたらきりがありませんが、いつも、もう一度来てもらいたいと思って料理をしている、とおっしゃっていました。 美味しくても、いい料理だなと思っても、なぜか足が遠のく店もあります。人間的な相性もあるのかもしれません。 いずれにしても、一緒に年を重ねて、一生付き合える料理人と出会えると、人生はより豊かになるのではないかと思います。 (本稿は書籍『美食の教養 世界一の美食家が知っていること』より一部を抜粋・編集したものです) 浜田岳文 (はまだ・たけふみ) 1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮のまずい食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。南極から北朝鮮まで、世界約127カ国・地域を踏破。一年の5ヵ月を海外、3ヵ月を東京、4ヵ月を地方で食べ歩く。2017年度「世界のベストレストラン50」全50軒を踏破。「OAD世界のトップレストラン(OAD Top Restaurants)」のレビュアーランキングでは2018年度から6年連続第1位にランクイン。国内のみならず、世界のさまざまなジャンルのトップシェフと交流を持ち、インターネットや雑誌など国内外のメディアで食や旅に関する情報を発信中。株式会社アクセス・オール・エリアの代表としては、エンターテインメントや食の領域で数社のアドバイザーを務めつつ、食関連スタートアップへの出資も行っている。
浜田岳文