「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・葵② 鉢合わせた正妻と愛人、祭見物で勃発した「事件」
供奉の人々は、それぞれ身分相応に、装束や身なりを立派に整えている。その中でも上達部たちはことのほか立派であるが、光君ただひとりの輝く壮麗さに、みな見劣りするようである。大将の臨時の随身(ずいじん)に、殿上人(てんじょうびと)などがあたることは通常はなく、とくべつの行幸(ぎょうこう)の場合のみの例外だが、今日は六位の蔵人(くろうど)で右の近衛の将監(ぞう)を兼ねた者が奉仕した。そのほかの光君の随身たちも、みな顔立ちも姿もまばゆいばかりの者たちが揃えられていた。このように世の中からかしずかれている光君には、木や草すらもひれ伏して、従わないものなどないように思える。
今日は、壺装束(つぼしょうぞく、外出着)姿の卑しからぬ女房たちや、世を捨てた尼たちも、倒れ転(まろ)びながら見物に出てきていた。ふだんならみっともないと思えるが、今日ばかりは無理もない。年老いて口元がすぼみ、髪を着物にたくしこんだみすぼらしい女も、合わせた両手を額に押し当て、光君を拝んでいる。愚鈍そうなみすぼらしい男たちも、自分がどんな間の抜けた顔になっているかも気づかずに、満面に笑みを浮かべている。光君の目に留まることもないような、つまらない受領(ずりょう)の娘まで、精いっぱい飾り立てた車に乗ってわざとらしく気取っている。そんないちいちがおもしろい見ものになっている。かと思うと、光君が忍び通いをしている女たちは、人の数にも入らない自分たちの身を嘆くのであった。
■事の経緯を知った光君は 桐壺院の弟である式部卿宮は桟敷で見物していた。まばゆいほどに麗しくなっていく光君を見て、神にも魅入られてしまうのではないかと不吉にすら思う。その娘である朝顔の姫君は、光君がもう何年も心のこもった手紙を送ってくれていることを思う。手紙の送り主が平凡な容姿の人であってもきっと惹(ひ)かれてしまうだろうに、ましてこんなにうつくしい人であることに胸がいっぱいになる。しかしこれ以上近しい存在になりたいとはかえって考えない。若い女房たちは、聞き苦しいほど口々に光君を褒めている。