「銃口を向けられても...」ユダヤ人活動家が“パレスチナ支援”を続ける理由
ユダヤの入植者に故郷を追われるパレスチナ人
2023年7月26日、私たちは、あるパレスチナ系アメリカ人から話を聞く機会を得ました。彼は家族と共に、いとこが住んでいたトゥルムスアイエ(ヨルダン川西岸地区)へ引っ越してきましたが、その直後(2023年5月頃)にユダヤ人入植者が村を襲いました。彼の家は全焼させられ、数千ドルの損害が発生。複数人が負傷、1人が死亡しています。 それから私たちは、付近にあるラス・アル・ティン村の残骸を目にしました。この村の住人は、入植者による暴力が過激になったことで、より安全な地域に避難したといいます。また、近くのアイン・アル・サミャ村も同様で、最後の住人は七週祭りの頃(2023年5月25日)に避難しました。 ティシュアー・ベ=アーブだったこの日は、アリク氏とNGOのメンバーで断食を行い、一日中エイカ(ヘブライ聖書の中の1つ『哀歌』)を読んでいました。
ユダヤ教を信じることと、パレスチナ人の権利を尊重すること。両者が矛盾しないことは明らかです。私たちはパレスチナ人の声を聞く必要があります。私は、もっと早く耳を傾けていればよかったと思っています。
「もう一歩進めば終わりだ」武装した入植者に脅された日
2023年10月27日、アリク氏と私はヨルダン川西岸地区のテイベを訪れました。その村は入植者の暴力から逃れるため、避難の準備をしているところでした。周辺の村の住人たちは既に避難を終えた後でした。 このような事態は、ハマスが攻撃を開始した2023年10月7日に始まったわけではありません。それに、いま起きているイスラエルとハマスの衝突が終息したところでこの問題が解決することもないでしょう。 住民が家から避難している間に、十数人の武装した入植者が現れました。彼らはアリク氏を攻撃し、彼と私から携帯電話を取り上げました。入植者の一人は私に対し「もう一歩進めば終わりだ。お前らが何をしているか、もう十分見た」と言いました。 その後パレスチナの兵士たちがやって来ましたが、彼らは何のアクションも取りませんでした。携帯電話は戻ってこず、入植者が逮捕されることもなく終わりました。ただ、私たちは生き伸びられて幸運です。もし私たちがいなかったら、村のパレスチナ人に何が起こっていたか分かりません。 しかし、携帯電話を取られてしまった自分に腹が立ちます。自分を責めて、無意味な反省を繰り返すのは馬鹿げた行為だとわかっていても、です。 銃を突きつけて脅されたのは、この1週間で3度目です。自分の精神的な健康状態がどうなっているかは、本能的にわかっています。それでも、私が死んでいないという事実は、"パレスチナ人を保護する者としての立場"は(少なくとも今は)効果的な戦術であることの証明です。そんな慰めに私はすがりついているのです。
サム・スタイン(人権活動家)