燃え殻「もの語りをはじめよう」連載/第3回 実家の冷蔵庫は魔境だ
あの頃、実家の冷蔵庫は魔境だった。母はとにかくものを捨てない。どこかでもらったお饅頭まんじゅうの食べかけに、クリスマスから一週間経ってもあったショートケーキの残骸。賞味期限を見たら、いまが何年か一瞬わからなくなる生麺の焼きそば。 パートで忙しかった母が、僕と妹のお弁当のおかずのために、作り置きをしてくれていた煮物や卵焼き。母はアイスクリームが大好きで、こっそり冷凍庫の奥に箱入りのピノをよく隠していた。 僕と妹は、たまにそれを見つけると、こっそり一つか二つだけ盗み食いをするのが楽しかった。一度それが見つかって、すごい剣幕で僕と妹は怒られたことがある。懐かしい。 パートが早く終わると、一度家に戻ってきた母が買い物に出かける。僕と妹はそのタイミングで、冷蔵庫の中の、二度と食べそうにないものを選別して、ゴミ箱に捨てていた。 捨てても捨てても、母の食べたいものと、母が僕たちに食べさせたいもので、冷蔵庫の中は常に食べ物でいっぱいだった。ほとんどなにも入っていない冷蔵庫の中を眺めている母を見ながら、あの頃の僕たち家族の出来事を、しばらく思い出していた。 イラスト/嘉江 デザイン/熊谷菜生
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