「雪がなくなる」高梨沙羅が抱いた焦り どうなる北海道・ニセコの未来<気候異変 第3部・北の大地 四季の姿は>①
真っ白な北海道の冬の景色は、国内外の観光客を魅了してきました。北海道特有の天候の変動に焦点を当てる連載の第3部では、雪の降り方と冬の暮らしの変化だけでなく、夏の猛暑と豪雨の将来像にも迫ります。
スキージャンプのトップアスリートとして世界で戦う高梨沙羅選手(27)は、焦りを感じていた。 「ここ数年、雪が少なくて試合ができないことが多くなってきた」 東欧スロベニアを拠点に、1シーズンでワールドカップ(W杯)など32試合、計10カ国を転戦する。試合会場はいずれも降雪地帯に位置しているが、少雪の影響で中止になる試合が出始めた。
今年1月に山形市で予定されていたW杯女子蔵王大会の最終日も中止に。通常、ジャンプ台の助走路は乾いた雪でなめらかに整備するが、雨やみぞれが降って危険と判断された。 人工雪でジャンプ台を整備する会場も増えたと感じている。天然雪に比べてクッション性に欠けるという人工雪は「どちらかというと氷に近く、着地の時の衝撃があるなって感じてしまう。転んだり、ダメージが蓄積されて疲労骨折してしまったりする選手もいる」 世界を舞台に飛び続けてきたからこそ感じる変化。高梨選手はこんな懸念さえ口にした。「1年のうちに飛べる期間が短くなっている。いつかサマージャンプだけの競技になってしまうのではないか」
積雪は世界全体で顕著に減っている。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によると、北半球の4月の積雪面積(2020年時点)は、1920年に比べて約1割減った。 気象庁気象研究所(茨城県つくば市)の将来予測では、1980~2009年と比べて気温が約3.3度上昇した場合、気温が低い北極圏などを除き、北海道や欧州など北緯50度以南の多くの地域では今世紀末、3月に積雪がほぼなくなる。
同研究所気候・環境研究部の保坂征宏第2研究室長(58)は「気温上昇に伴い積雪期間そのものが短くなる。春の訪れが顕著に早くなっていく」と予想する。 上川管内上川町に生まれ、小学2年でスキージャンプを始めた高梨選手にとって「ジャンプ台にしっかり雪があって、冬になったら多すぎるくらいの雪で街じゅうが真っ白になるのは当たり前」だった。それが今、世界各地で年を追うごとに失われていく。 雪山の自然環境を守るため、高梨選手は昨年5月、プロジェクト「JUMP for The Earth」を立ち上げた。雪の減少について自らの体験を語ったり、ごみ拾いイベントを開いたりして、自然の大切さを訴える。 今年1月には、藤女子高(札幌市)の生徒とともに、札幌市中央区の大倉山ジャンプ競技場の一角にマイボトルを持参した人への無料ドリンクバーを設けた。 W杯の観戦者によるペットボトル使用を削減し、環境問題にも関心を持ってもらおうという高梨選手と高校生のアイデア。その意義を高梨選手はこう表現した。「小さな一歩を踏み出すことで、輪が広がっていくと思うので」