「何やってんだ、貴様!」順大・澤木啓祐監督が激怒のワケは? 24年前の箱根駅伝…“紫紺対決”最終盤で起きた超異例「2度の首位交代劇」ウラ話
「いいペースで走っていて、相手の方が力も下なのに…」
「追いついた瞬間にスパートされたら、置いていかれたでしょうね」 それはそうだろう。走力が劣るランナーが、相手を上回るペースで飛ばし、28秒差をわずか7kmでご破算にしてしまった。想像を超える負荷がかかっていたに違いない。しかし、謙介は完全に冷静さを欠いていた。 「相手の心理が読めれば仕掛けたと思いますよ。体力的な余裕はありましたから。でもパニクってる状態。いいペースで走っていて、相手の方が力も下なのに、なに? って」 頭の中は無数のクエスチョンマークで埋め尽くされ、思考する力を失っていた。 一方の正仁は追いついてからしばらく、真後ろにぴたりとついたまま動かなかった。 「前の年(2区で)うちの神屋(伸行)にやられていたので、同じことをやってやろうと」 謙介は案の定、苛立っていた。 「前に出んか! って、言いたいぐらい。神屋んときも、こんときも、全部、自分が引っ張らされた。無言で息づかいだけ聞こえるんですよ。嫌に決まってるじゃないですか」 それだけではない。正仁の揺さぶりは巧妙だ。「精神的に追い詰めてやろう」と真横に並び、抜くと見せかけては下がったりした。 「もうちょっとペースを上げていきましょうよ、というのもあった。3位に追いつかれて、3つどもえになるのは嫌だったので」 そうこうしている内に正仁の体力は完全に回復していた。それでも、彼は慎重だった。 「力は謙介さんの方が上。勝負に行く時は1回で決めないとダメだと思っていた。だから、行って欲しいと思っているのはわかってましたけど、ずっとついていったんです」
正仁が見逃さなかった謙介の「皮膚の乾き」
焦れた謙介は何度かペースアップをはかったが、正仁はすぐさま反応してみせた。相手の動きが面白いように読めた。19km過ぎ、謙介の皮膚が乾き切っていることに気付く。 もう少しだ――。 横浜駅を過ぎ、謙介が白い手袋を外して沿道に放った。それがスパートの合図だった。だが正仁はそれも読んでいた。 「シドニー五輪の女子マラソンで、高橋尚子さんがサングラスを投げ捨ててスパートを切ったのと同じ。謙介さんの動きが単純というか、どんどんシンプルになっていっていた」 直後、21.8km付近でついに正仁が動いた。謙介は反応できない。 「何度かペースアップして、様子を窺っている内に、余計な力を使ってしまいましたね」 22km過ぎ、ついに謙介が徐々に遅れ始めた。 今回取材した関係者の中で、9区の大逆転劇を唯一「想定の範囲内だった」と語ったのは順大を指揮した澤木啓祐だった。 「あいつならこうなるっての、わかってないと勝負にならんでしょ」 しかし、その発言はおそらく指導者のプライドだったのだろう。 澤木にとっても、やはり計算外だった――。謙介のこんな証言はそれを裏付ける。 「何やってんだ、貴様!」 謙介はレースを終えた直後、澤木にそう罵倒されたことを苦笑交じりに思い出す。 「走り終わって数分の出来事ですよ。付き添いの人に、澤木先生からだよ、って携帯電話を渡されて。出たらいきなり(笑)。どうしたんだって聞かれたので、わからないです、って答えたらブチって切れちゃいましたけど」 ◆ 愛知県庁近くのコメダ珈琲店だった。ポータブルDVD再生機で当時の映像を見終えると、この物語の3人目の「高橋」の目は、心なしか潤んでいた。 <次回へつづく>
(「Number PLUS More」中村計 = 文)
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