房総野生探訪記。Vol.3
山々に囲まれた村落はすっかり日が落ち、虫の音がけたたましく響いていた。「野菜がなかったので、野蒜(ノビル)を採ってきますね」と言いながら、バタバタと小林さんは野草を採りに出ていく。 東大卒の若者が選んだ猟師という生き方
私は囲炉裏で炭おこしを任せられていたが、一向に火を起こせず苦戦していた。段ボールを細かくちぎって火種にして、炭の下へと運ぶがすぐに消えてしまう。戸棚にあった着火剤を使うとすぐにパチパチと音が鳴り始めた。
赤くなった炭を七輪へと移し、捌いたばかりの猪のハツとタンをじっくりと焼く。「一応クレイジーソルトがかかっていますけど、梅醤油でも作りますか?」味付けの選択が極端で面白かったが、肉の旨味を味わうため、そのままの味付けでいただくことにした。 焼肉屋で食べるタンよりも少し厚みがある切り方だったが、程よい弾力で獣の臭みは全くなかった。驚くほどあっさりとした味で美味しい。ハツも少しコリコリしているが、クセがない。正直、猪と言われてもピンとこないほどだった。
居間と台所を慌ただしく行き来する小林さんは、次にローストにしたヒレ肉を運んできてくれた。「ローストイノシシですか!」私は興奮のあまり、何度もローストを連呼するが小林さんは切った断面を見ながら少し気まずそうな感じだ。「ローストにしては火が通り過ぎてますね…これは即席ハムですね」たしかに赤身は少なかったが、火が中まで通ったヒレ肉は柔らかく、噛めば噛むほど旨味を感じる一品だった。
野蒜と一緒に醤油と味醂で甘辛く炒めた猪肉をご飯に盛り付けた丼が疲れた体に染みる。ちなみにこの日食べた市販のものは猪丼に乗せた生卵だけだった。
野菜類は獲れた肉を地元の農家さんと物々交換して手に入れるらしく、スーパーで買う食材は限られているようだ。「野菜と肉は買ったら負けたみたいな気分になります」と笑いながら答えていたが、あながち冗談でもなさそうだった。 「最初はサバイバルと自給自足をやりたくて、自分でとって食べていたんですが、だんだん自給自足がメインになってきて、これは昔の百姓と一緒じゃんって」とこれまでの生活を振り返りながら小林さんは笑っていた。食べるために、野草や獣をとり、誰かと交換するという循環が彼の生活の根幹となっているようだった。